約 3,365,836 件
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/188.html
負けるな比呂美たんっ! 応援SS第38弾 『フォルティッシモ』 ◇朝 「おはよっ」 「おはよう」 「あ、シャンプー使ってくれたんだ?」 「あ、ああ、せっかくのお勧めだったからな… 何で分ったんだ?」 「いいの、どう? 大丈夫だった?」 「ああ、手触りかとかがいつものと違ってたな」 「別に女性用って訳じゃないから、よかったかな?」 「ああ、使わせてもらうよ」 「ありがとう」 「なんで比呂美が喜ぶんだ?」 「それは…、ほら、眞一郎くんにもおしゃれしてほしいから…」 「うーん、俺そういうの苦手だからな…」 「いーの、そのために私がいるんだから」 「…よろしくお願いします」 「はいっ、お力添えさえていただきます」 「行こうか?」 「うんっ」 (同じ香りを身にまとって登校することの意味が分かるくらい 気がつくひとじゃなくてよかったかな) 「ん、なんだか嬉しそうだな?」 「ううん、なんでもない♪」 ◇夕方 「なあ、今日、なんかクラスの雰囲気おかしくなかったか?」 「そお? 気がつかなかったけどな」 「うーん、なんか女子がこっちみてヒソヒソ言ってたような…」 「ふうん、おモテになるんですね、眞一郎坊ちゃんは」 「い、いや、そうじゃなくてだな…」 「しらないっ」 「なあ、ごめん、勘違いだった、許してくれ」 「反省してる?」 「してますっ」 「じゃあ、お部屋によって熱い紅茶を淹れてくれたら許してあげる」 「ふう…」 「ごめんね」 「ん?」 「ううん、なんでもない♪」 了 ●あとがき 9話まで視聴済み このテの事では女性の感覚はスゴイです。ついていけません 比呂美さんの虫除け作戦は成功した模様です 眞一郎くんが同じ香りの意味を理解できる日はくるのでしょうか? #39とは逆の香りの使用法です
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/66.html
=声優 若本規夫氏の声で読んで下さい 眞一郎の脳内劇場2 やあ、我は仲上眞一郎の脳だ。諸君とまた語り合うことができて、嬉しいぞ。 さてと、我が登場したのは理由がある、そう、いつも良い素材を提供してくれ る比呂美嬢の胸について語るべき時だからだ。当然だよな?妄想膨らむよな? 我もそうだ。やはり、いいものはいい。素直に認めることが肝要だぞ、諸君。 諸君は、我が主、眞一郎が比呂美嬢と脱衣場で遭遇したことを覚えておるか? そう、あの時諸君はバスタオルで前を隠した比呂美嬢を見たはずだ。その後の 水色のシマシマもな。だが、我が画像処理班の力を見くびってもらっては困る。 比呂美嬢が隠すまでの数瞬で、キチンと画像と"揺れ具合"まで記録済みだ。 我が主、眞一郎の脳に存在する我々は、いつも仕事をしているのだぞ?数瞬と はいえ見逃すことがあっては、沽券に関わると言うものだ…。では分析結果を 披露させて頂くとしようか。 分析の目的は、しかるべき時に備えて我が主の"心の準備"を整えるためだ。決 して、それ以外の目的はない。"その時のお楽しみ"というヤツだ…、フッ。 大きく分けて2つの点において、分析を行った。 ・大きさ ・やわらかさ まあ、順当であろう?やはり"その時"に備えるにはこの2つが必要最小限であ ることは諸君も納得して頂けると思う。"大きさ"からいってみるか。 大きさの目安となるカップだが、"C"という調査結果が出ているようだ。 意外と思う者もいるだろうが、我が主の判断だ。文句は他所で言ってくれ。 問題は"アンダー"と"トップ"の差であることは諸君もご存知の通りだ。思い出 して欲しい、比呂美嬢はバスケットボールを嗜んでおる。つまり、体つきとし ては華奢な方に分類されるはずだ。 その体に"C"だぞ?脱衣場での遭遇時に我が主の感想をここで述べようか? (げっ、意外と大きい…) つまりは華奢な体に大きな膨らみがあるってことだ。 おっと、まだここで判断するのは早計だぞ、諸君。比呂美嬢は"まだ"なんだぞ? "その時"を迎えた後には、"何回も"という事が想定される。我が主の思いやり によって比呂美嬢の更なる成長も期待できるということだ。 簡単に言えば、丁寧に優しく揉ん…ゲフンゲフン。失礼した、忘れてくれると 有難い。 次はやわらかさであるが、こればかりは我が全身に張り巡らせている神経ネッ トワークを通じて、実際のデータを取得する他はない。しかし、画像処理班は "揺れ具合"のデータを保存している。"その時"に我が主の力加減が比呂美嬢を 傷つけることがあってはならん。比呂美嬢は多少の"若さからくる勢い"を許し てくれるかもしれんが、我が主はそれを望まない。やはり準備と言うものは何 であれ必要なものなのだ。さて、データを確認してみるか…。 [揺れ具合データ]=[ぽよん、ぽよん] ふむ、バスタオルを取る時、覆い隠す時のデータか…。比呂美嬢はさぞかし慌 てていたであろうから、体の動きとしては大きめだな、やわらかさとしては比 較対象データとの照合が必要となるか…。映像ライブラリから、いくつか同じ ような大きさを持つ調査対象部位のデータを出してみるとしよう。大きな動き なら、良いデータがあるはずだ。まあ、俗に言う"その手の動画"だ。 <脳内において、比呂美の揺れ具合データと動画データの比較中> そうか、この揺れがこの体位で…、おっと、すまんすまん。見入ってしまった。 声を掛けてくれればよいではないか、諸君も人が悪いぞ。ふむ、出演者の他の 動画データで、やわらかさを想定できそうなものがあればよいが…。 <脳内において、その出演者の動画データを検索及び再生中> なるほど、手の使い方はこうして…、こうか?…、おぉっと、度々すまない…。 つい夢中になってしまうのは、悪い癖だとわかっているのだが、直らなくてな。 よし、やわらかさについても想定できたぞ。 これが分かれば、比呂美嬢の期待に答えて気持ち良…ゲフンゲフン。失礼した、 忘れてくれると有難い。 諸君、今日は我が主の想い人である比呂美嬢の胸について検討したが、今迄に 蓄積されたデータから"その時"を迎えるにあたっての準備は、十分ではないに せよ対応可能であることがわかった。僥倖と言ってよいだろうな。比較対象が データ・ライブラリにあったことが幸いしたようだ。"その時"には水色のシマ シマの内側にも対応が必要だ。 それはまた次の機会ということにしようか? アディオス!アミーゴ! END -あとがき- おバカですみません。
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/501.html
夏といえば、海である。 「…誰がそう決めたんだ?」 放課後の教室。既に、授業と掃除を終えた生徒たちは、 帰宅組と部活組に分かれ、それぞれの場所に向かっていた。 そんな中で呆れ顔でそう指摘するものが、一人。 目下帰宅組に所属しつつも、部活組が終わるまで学校に残っている仲上眞一郎、 その人である。 「あのなぁ。 難癖をつけないでくれよ、眞一郎。 ……お前だって、湯浅比呂美の水着姿、見たいだろう?」 一方、突っ込みを入れられてふて腐れていたのをすぐに置き、さくっと一転。 ニンマリとし直す相方は、同じくクラスメイト、野伏三代吉だ。 「……おいおい。 コタンがバレバレなんだよ」 とか言いつつ、一瞬でも自分の恋人である比呂美の水着姿を想像してしまった眞一郎。 しかし、頬を軽く朱に染めつつも、すぐに首を振って見せる。 すんなりと三代吉の策略に乗る気はない、らしい。 「良いんだよ、それでも」 だが相方、三代吉は動じない。 「なぁ、頼む、眞一郎。 是非とも、湯浅比呂美と一緒に来てくれよ」 拝み倒し、というか、眞一郎に向かって一生懸命に拝んできた三代吉。 真剣である。 「はぁ。 つまりそれは、愛ちゃんを誘う“餌”だな」 「おっ、ちゃんと判ってんじゃないか。 さすがは眞一郎」 「…ホント、お前なぁ」 愛ちゃん、こと三代吉の“彼女”であるところの、 眞一郎の“幼馴染”安藤愛子は、古城高校の3年生だ。 学校も違うし、学年も一個上。 (やっぱ、海とかになると誘いにくいのか) 眞一郎も、三代吉の気持ちがわからないわけではない。 今年の冬は、色々なことがあったから。 色々ありすぎて、訳が判らなくなったこともあったけれど。 そう。色々、あったのだ。 今年の冬。 眞一郎にとっても、三代吉にとっても、 そして愛子たちにとっても、特別な冬が過ぎ、いま、夏が来ていた。 夏が、来ていたのだ。 「だからこそ、海に行こうぜ、眞一郎っ!」 truetears SS 「海に行きましょ」 ここに来て一応、比呂美に聞いてみるだけ聞いてみようかな、 くらいの心境にまでランクアップしていた眞一郎に、 三代吉はさらなる行動に出ていることを伝えた。 「まあ、お前だけではなくて、別口にも“お願い行脚”してるからさ、俺」 「お願い行脚って…おいおい」 他に頼まれている人がいて、もしその人がこのことをOKしているのならば、 自分が断るのはその人に悪い気がする。 ましてや、話を振ってきているのは自分の親友たる三代吉だ。 愛ちゃんの件もあるし、……。 …と、眞一郎にとって正直断りがたい状況に追い詰められていた。 (はぁ…) 眞一郎はことここに至って、ようやく重い腰を上げる気になっていた。 「で、あと誰に頼んだんだよ」 「ああ、貫の奴に」 「貫太郎にか? …良い迷惑だな」 佐伯貫太郎。白山麦端神社の宮司の息子である。 眞一郎とは不思議と、小中高と一緒の学校なのに同じクラスになったことのない、 そういった意味でも縁のある友人だ。 「良いんだよ。 あいつには、もうちょっと苦労させないと」 「どんな苦労だよ」 ちなみに、三代吉と貫太郎も友人である。 父親同士が仲が良いこともあるのだろう。 もうちょっと苦労、と言いつつも、ニンマリとしているところは、 イタズラを仕掛けている感じに見えなくもない。 「ともかく、湯浅比呂美の説得、頼んだぞぉ」 「おい、待てよ。 三代吉っ?!」 「俺は今日も愛ちゃんとこでバイトだぁ」 さくっと、三代吉は一人で用件を告げ終わると、帰ってしまった。 「何なんだよ、おい」 そう言いつつ、放課後の教室に一人、取り残された眞一郎だった。 「と言う訳なんだ。 頼むよ」 結局、眞一郎はその日の帰り道。 彼女たる比呂美に、海行きを願いでることになってしまっていた。 「仕方ないなぁ」 と言いつつ、比呂美自身は呆れてはいない様子だ。 「でも、眞一郎くんと夏の海に行ったこと、最近無かったよね」 そっと囁く一言。 去年は、仲上の家の中にいたため、比呂美は眞一郎への気持ちを封印していた。 だから、眞一郎と海水浴に、などと想像はしても、実行になど移せるはずもなかった。 でも、今は行ける。眞一郎くんと、海水浴へ。一緒に―――。 「良いよ」 だから、微笑みつつ朱が差す頬を向けて、眞一郎にそう告げた。 「あ、ああ」 一方。 眞一郎にすると、その言葉はインパクトが強い言葉だった。 普段の違う場面で、…比呂美から良く聞く言葉だから。 「あっ、今変な勘違いしたでしょ」 勿論、その様な眞一郎の動揺など、比呂美にはお見通しである。 「お、おいっ」 「くすっ。 そっちも、良いよ。今日は」 「ぐっ、ひ、比呂美」 「ふふふっ」 真っ赤な顔をして立ちすくんでしまった彼氏殿に、比呂美は手を差し出した。 そして。 ギュッと、握り替えして手を繋いでくれるのは、やっぱり眞一郎くん。 まあ、顔はまだお互いに真っ赤なままだったけれど。 こうしてお互いの想いを確かめ合う男女もいれば、 お互いの意地を再度見つめてしまう男女も、いたりするわけで。 『で、何であたしに言うわけ』 貫太郎は相手の携帯電話の番号は知っていた。 今までかけたことはないけれど。 でも、今回ばかりはかけないと駄目だ。というか、他に対処法を知らない。 まあ簡単に言えばそういう状況に、彼は追い込まれていた。 「いや、その。 …他に頼める相手、桜子しか思いあたらん」 『……な、なによ、それ』 この貫太郎にも、幼馴染がいる。 麦端の乾物屋の娘で、神社にも取引にあった関係から顔を知っている、 中川桜子。肩より長い黒髪をし、眼鏡をかけている印象が強い、 やっぱり麦端高校の2年生だ。 「いや、無茶言える相手が、なかなか思いつかなくて…」 『何よ、その無茶って…』 携帯越しなのに露骨に嫌な顔をする桜子。 無茶って、何をさせる気よ。顔にはそう書いてある。 「い、嫌なら、他を当たるよ」 『他? 他にアテがあるの?!』 無いでしょ? 桜子はそう思っている。こんな堅物のガリ勉男に興味のある女子はいないわ。 まして、一緒に海に行こうとか言うのに誘われる子なんて…。 とかいう、彼女の幻想は、…呆気なく次の瞬間、打ち壊された。 「いや、クラスの杉坂とか、中山とか」 『な、何ですって!』 「いや、別件で先日海に誘われたんだけれど、社務所の用事と重なってて、断ったから…」 い、いるじゃない!! へ、へぇ、杉坂さんとか中山さんとか、貫太郎を誘ったんだ。 ……ほぉ。二人とも結構可愛いのよね。判ったわ。 『良いわよっ! 私たちで、同行してあげるわ!』 決断は早い桜子。だが。 「良かった…って、……私たち?」 その言葉の違和感に、即座に貫太郎は気がついてしまった。 『そう! 私だけだと、危険すぎるもの!!』 何が?…問おうと思ったときには、貫太郎との通話は一方的に切られており、 他方、桜子はすぐに携帯を操作し、 さくさくと彼女“たち”めがけて電話をかけ始めていた。 「…で、巻き込んじゃうんだ、私たちを」 「ごめん、ホントごめん」 貫太郎に啖呵を切ってから、そんなに時間は経っていない。 今回、作戦会議場となったのは雑貨屋の2階だった。 お店の名前は【四十物(あいもの)商店】。 その長女が、四十物日登美。 桜子の親友であり、その親友の話に呆れている真っ最中だ。 「良いけどね。 でも、乃絵は良いの?」 そこに、一緒に来ていたのは、石動乃絵。 やっぱり麦端高校の2年生。桜子や日登美とは一緒のクラスである。 「構わないわ。 夏ですもの。海に行きたいわ」 別に他意など無い。兄は、お盆まで帰ってこないだろうし、 勤めに出ている母は、遅くに帰ってくるので日中は乃絵一人。 夏休みに入っても、それは変わりそうになかった。 ならば、友人たちと海に出かけた方が、ずっと楽しいというものだろう。 「でしょ、でしょ。 ありがとう、乃絵ぇ」 「わわわっ! 抱きつかれても」 ぎゅっと、まるで小動物を可愛がるかのように、 乃絵の頭をくしゃくしゃにしつつ抱きしめる桜子。 「何とも、ねぇ」 と言いつつ、部屋の主、四十物日登美は親友二人を見て微笑んでいた。 島尾海岸は、毎年海の家も出来るほどの人出がある海水浴場である。 今日は海水浴決行日。天気は幸い快晴であった。 「いやいや、良い天気だし、みんなも一緒で結構なことだ、うんうん」 「ホント、大所帯になったな」 「ああ、全く」 そこにはホクホク顔の三代吉に、苦笑を浮かべる眞一郎。 眞一郎と同様な表情の貫太郎、と続いていた。 「お疲れ様だな、貫太郎」 「お前もな、眞一郎」 気苦労絶えない二人組が仲良くため息をこぼしあっていると、 「男たちで慰め合ってないで、 ほらっ、荷物もってく、もってく」 と、後ろから声が掛かる。愛子だった。 「はいはい。って、これ、愛ちゃんの手作りお弁当か?」 自転車の後ろに積まれていたバックを持つ眞一郎。 「そうだよぉ。 参加人数聞いて驚いたけどさ。 頑張ってみちゃった」 ニッコリしつつ答える愛子のその後ろから、 比呂美、桜子、日登美、そして乃絵がついてきている。 「凄い、愛ちゃん。 これ、全部?」 眞一郎が結構重量感を感じさせつつ持ったカバンを見て、比呂美が感嘆の声を上げる。 「そうそう。比呂美ちゃんたちも後でいっぱい食べてよね」 スマイル0円な愛子の微笑みに、一同はお昼が待ち遠しく感じられた。 「ちなみに、食費はうちもちだからな」 胸を張ってみせる三代吉に、貫太郎は訝しげに声を掛ける。 「…何したんだよ、お前」 「いや、仲上と佐伯誘ったって言ったら、親父が」 「なかなか策士だな、三代」 貫太郎の父と三代吉の父は、自治会の役員同士であり、幼馴染みでもある。 その父に出資させるには、貫太郎たちがいるなどは三代吉にとって好都合な陣容だった。 「いやいや、褒めるな。照れるじゃないか」 「…親父さん、気の毒な気がしてきた」 にひひ、と笑む親友を見ながら、眞一郎は野伏家の当主を思い出してため息をついていた。 一方の女性陣。シートとパラソル設営、及び荷物の搬入は、男どもがやっている。 既にお着替え済の面々だが、さくさく…とは言えないが働く3人の男たちを見て、 桜子などは勝手に論評を加えていた。 「結構、麦端高校いい男ランキングでの上位陣がそろってるじゃない」 確かに、黙っていれば眞一郎や三代吉、貫太郎は格好いい。 「…そのうち、二人は既に先約済だけれどね」 「ぐっ」 眞一郎は、麦端踊りの際の花形をやって脚光を浴びたが、 既に周知の通り、両親公認の湯浅比呂美とラブラブ一直線だ。 三代吉も、苔の信念岩をも通すで、一途に想った甲斐があり、 姉さん女房、安藤愛子と目下恋人実践中である。 残る貫太郎は、実は実家の白山麦端神社での袴姿に隠れファンが多く、 周囲の女子は互いに牽制中なのだが、本人は朴念仁のため全く気がついていない。 「で、でも良いのよ。愛でるだけでも目の保養にはなるっ」 「…それ、オヤジの発想だよ、桜子」 苦笑しつつも突っ込みを控えめに入れる日登美。 「なに?目の保養って」 そこに、夏の日差しを眩しそうにしつつパープルオレンジの水着を着た乃絵がやってくる。 「乃絵。あなた」 「なに、桜子?」 警戒心など全く見せぬ表情で乃絵が見つめ返す。 その乃絵の姿。 基本はビキニなのだが、肩紐からフリルついて胸元まで可愛らしく飾っている。 パレオ付きなのだが、腰には可愛らしく大きなリボンが施されたいた。 「何とも、……うん、可愛い」 「わっ、きゃっ、どどど、どうしたの?」 いつも以上に可愛らしさ度が上昇していることを確認した桜子は、 思いっきり乃絵を抱きしめてしまっている。 「…それもうセクハラだよ、桜子」 「でも、可愛いでしょ? 乃絵のこの水着っ」 桜子自身は悩みまくった挙げ句、 去年買ったライトブルーでチャック柄のワンピースを着てきてしまったことの 内心の恥ずかしさを隠すように、乃絵の水着を賞賛する。 「確かに。 胸元のフリルが良いよね」 「明るいオレンジが、乃絵にぴったり。 んー、夏バンザイ!」 無理にでもテンション上げまくりの、桜子。17歳の夏だった。 「テンション高いなぁ、中川さんたち」 一方の、準備作業中な男性陣。 愛子は知り合いの海茶屋のおかみさんと話をしており、比呂美も同行していた。 それ以外の面々、と言うことで桜子たちを見ていたのだが。 テンション高めなのは、もろ判りだった。 「そう言えば、貫。 中川さんたち、よく連れてこれたな」 三代吉にしてみればこれは予想の範囲内だが、 まあ、こうして実際に連れてきただけ貫太郎にしては上出来だとも思っていた。 「まあ、知っての通り桜子ぐらいしか思い当たらなかったからさ」 「中川さんくらい、ねぇ」 そう言ってニンマリする三代吉にとって、貫太郎も桜子も二人とも幼馴染故に、 そう言う発想になってしまう貫太郎の鈍感さも、 つい来てしまった桜子の判断根拠も、実は想定できていた。 「こら、男子! さぼってないで仕事、仕事!」 「はいはぁい」 そこに、愛子の声が掛かる。比呂美と戻ってきていた。 いそいそと作業に戻る男子諸氏。 「でも、安藤先輩、スタイル良いよねぇ」 テキパキと、男どもの指揮を執る愛子を見て桜子が呟いた。 愛子の水着もビキニなのだが、色はインディゴ…か。 その深い色のショートパンツ、なのだ。 そしてその姿は、間違いなく色素は濃くない愛子の肌に映えている。 「安藤先輩?」 愛子のナイスバディに拳を胸元で固めてうんうん、と頷く桜子の隣で、 乃絵がそう尋ねた。 「ああ、あそこ。愛子先輩。 1年先輩で3年生よ」 日登美がフォローする。 「ああ、あの人が」 「乃絵、知ってたんだ?」 「ええ、冬の麦端祭りの練習で知り合ったわ」 あの冬の日。 乃絵にとっても、忘れられない日々の中の、出来事。 「ああ。確か安藤先輩、お世話されてたものね」 そんな乃絵に、日登美が頷いて同意した。 確かに愛子は自主的にお世話をしていたことを日登美も知っていた。 「なるほどねぇ。 でも、安藤先輩のお弁当付きとは、良い企画を持ち込んだわね、貫のバカも」 ようやく愛子の水着姿拝見から復帰した桜子が、頷いて見せる。 「貫?」 「ああ、貫太郎君のことよ。 佐伯貫太郎、彼のこと」 説明担当という感じになっている日登美の言葉に、 「良いのよ、あんなのは“貫”で」 と、微妙に嬉しそうな表情でそっぽ向くのは桜子だ。 「貫太郎。 へぇ、良い名前ね」 ふと、乃絵が囁く。 唐突だが、そう彼女の感性は告げていた。良い名前だ、と。 「乃絵?」 「桜子が、気に入っていそう」 微笑みを浮かべて乃絵が続けて言う。 「な、なななななんあ」 その言葉に慌ててみせる桜子だが、日登美は感心しきりだ。 「へぇ。 読めちゃうところが、さすが乃絵」 「こ、こらっ! 日登美!」 誤魔化そうと桜子が右往左往して。 そんな友人を微笑んで見ている乃絵だった。 「元気そうだなぁ、中川さん」 大方の準備が終わっている。後はパラソルを立てるだけだ。 「あれは、元気を退けたら何も残らないだろう?」 三代吉の言葉に冗談とも本気ともつかない顔でそう言う貫太郎。 「おいおい。あんまりな言いぐさだな」 苦笑する眞一郎だか、ふと気がついた。 「あれ、貫太郎。 お前、中川さんに、気があるのか?」 「は、はぁ?!」 びっくりして飛び上がる貫太郎。一方で三代吉は平然としている。 「直球ストレートすぎだぞ、眞一郎」 そう苦笑しながら言う野伏家の長男殿にとって、その反応は予想の範囲内だったようだ。 「三代…直球って」 「いやいや、なにせ、貫は眞一郎と良いとこ勝負だからなぁ」 鈍感具合は、似たり寄ったりだ。 比呂美の眞一郎への好意は、三代吉からすればよく見ていれば随所に見て取れていた。 それでも、眞一郎がそれに気がついたのは、だいぶ経ってからである。 桜子の貫太郎への好意は、比呂美とは比較にならないほど小さい形で、 しかも、ほとんど貫太郎も気がつきもしなかったから、全く報われていない。 「まあ、眞一郎の方が一歩先進んだけど」 そう三代吉は言ったが、眞一郎が貫太郎より一歩先にいるのならば、 恐らく貫太郎は周回遅れであろう。 「こら、三代吉! パラソル開いて!」 「おう、愛ちゃん! ただいま!」 さくっと飛んでいく三代吉の背中を見ながら、 「何がなにやら」 貫太郎は一人呟いて、眞一郎は苦笑を浮かべていた。 「ごめんね、比呂美ちゃん。 手伝わせちゃってて」 「良いんです。 他に、すること無いんですから」 男どもはパラソル設営に取りかかっている。 愛ちゃん特製お弁当は、臨戦態勢を整えるべく、 愛子と志願者比呂美によって準備中だ。 ちなみに桜子たちも比呂美と一緒に志願したが、船頭多くして船山に上る、では困るので、 この様な少数精鋭になった次第である。 「他にって、眞一郎の傍にいなくて良いの?」 「野伏君や佐伯君が居ますから」 「遠慮がちだなぁ」 「そんなこと無いですよ」 会話しつつも仕事を進める比呂美だが、頬に朱が差している。 それを見た愛子はニマッとした。 「でも、気合いは入ってるよね」 「…えっ?」 「凄く可愛いって、比呂美ちゃん」 「あ、ありがとう、愛ちゃん」 頬が朱に染まるどころか真っ赤になる比呂美。 肌が白い比呂美だと、桜色満開だ。 水着も、白と濃い青を基調としたビキニである。 フロント部分に控えめだが基調色の濃い青のリボンが施されている。 「これじゃ眞一郎も、イチコロだ」 ニンマリ褒める愛子に比呂美も桜色極まれり、だ。 「イチ……って…あ、愛ちゃん」 「ごめんごめん。 ああ、こっち持ってきてくれたら、終了っと。 ありがと、比呂美ちゃん」 こうして比呂美のお手伝いもあって、手際よく準備は完了していた。 「良い眺めだな」 「ま、まあな」 「オヤジか、俺たちは」 準備休憩を頂戴した男子たちを尻目に、女子一堂は波打ち際に一足先に到着していた。 それを眺める三代吉たち。 「良いじゃないか。 眞一郎にしても、湯浅比呂美の…結構大胆なビキニ姿を見れるわけだし」 うっ、と唸る眞一郎。図星であった。 「貫太郎も、中川桜子の可愛いワンピース見れたわけだし」 「いや、その」 マゴマゴとなる貫太郎。 「って、こ、こら、三代! 俺と桜子はそういう関係じゃない!」 対する三代吉ははいはい、と聞き流し、 「で、眞一郎的には、石動乃絵の水着姿はどうなんだよ」 と、今度は眞一郎に聞いてみた。 「は? 乃絵は、そうだな。結構可愛いな」 乃絵らしい色の選択だ。そう眞一郎は思っていた。 「おい。 湯浅比呂美よりも評価あるのかよ」 「比呂美は、格好いいから良いんだよ」 「なんだそりゃ」 乃絵と比呂美は、眞一郎にとっては別サイドでの評定対象であるらしかったが、 三代吉には判らないことであったらしい。 「比呂美」 休憩時間を終えた男性陣が、それぞれのパートナーの元へやって来ていた。 「あっ、眞一郎くん。 結構、風あるんだね」 「ああ、確かに。 帽子、飛ばされるなよ」 「うん、気をつけるね」 比呂美は、あまり日に焼けすぎぬように帽子を持参していた。 真っ白な、その帽子。赤いリボンが飾られていて、愛らしい。 「綺麗だな、比呂美」 ふと、かかる声。 「えっ……、 うん。ありがとう」 「あっいや、 似合ってる」 「うん」 そっと差し出される眞一郎の左手。 比呂美も黙って、右手を絡め微笑んだ。 波打ち際。膝くらいまで波が来る。 「あ~。私もビキニにすれば良かったかな」 他の客も含めて周囲はビキニ派が多かった。 「結局それ、桜子? だから言ったのに」 小さく苦笑する日登美の傍らで、乃絵が明るく返す。 「良いと思うわよ、桜子のそのワンピース。 白が綺麗よ」 チェック柄のワンポイントで入っているホワイトのラインが、 乃絵は気に入ったらしい。 「ありがとう、乃絵。 でも、乃絵も結構こうしてみてみると」 桜子の眼鏡がキラッと、光ったように乃絵には思えた。 「えっ?な、なに?」 「ううん。 可愛いんだからぁ」 「わわわっ。桜子っ?!」 ギュッと抱きしめられる乃絵。 それ自体はお互いに嫌とは正反対の感情で支配されるところなのだが、 桜子の場合は、思いっきりなのである。 「結局は、それなんだから」 ふぅ、と小さく苦笑する日登美だった。 「…で、お取り込み中、すまない」 そこで登場。貫太郎である。 4人分のかき氷をどうにか両手でここまで運んできたらしい。 「おっ、お使いご苦労!」 ニンマリの桜子。 「ごめんね、佐伯君」 申し訳なさそうに日登美。 「いや、 かき氷4人前な」 海から上がって受け取る3人。 「ご苦労ご苦労」 相変わらず桜子はにっこにこだ。 「ありがとう」 乃絵もお礼を言う。 「いやいや」 そう言いつつ苦笑した顔を、言われた貫太郎は浮かべてはいたけれど。 「ありがとうね、三代吉」 パラソルには、愛子と三代吉がいた。 「はぇ? どしたん、愛ちゃん?」 「ううん。 みんなを誘ってくれて」 「いやぁ、礼には及ばないって。 来たかったものなぁ、俺も」 隣に座り、肩が触れあいそうな距離にいる二人。 心の距離も、もっともっと縮めたい。 「でも、……本当は、二人っきりが良かったんでしょ?」 隣に座る三代吉を、見つめて言う愛子。 「いやぁ、愛ちゃんがみんなを誘った方が楽しいって言うから、 俺もそう思っただけ」 愛子にしか見せないであろう、心からの微笑みでそう答える三代吉。 「でも、ちゃんと、いつかは」 まっすぐ海を見つ直した三代吉が、今の愛子にはいとおしい。 「うん。三代吉のためだけに、ね」 そして、待ちに待ったお昼時。 大宴会ではないけれど、軽く遊んでからの昼食は、それは盛大なものだった。 「これだけ、食べても胃が軽い気がするのは不思議だ」 貫太郎の感慨に、愛子が笑顔で答える。 「夏バテ防止も勿論効果ありの特製お弁当ですからね。 胃にもたれるようなものは、入っておりませんっ」 「凄いなぁ、愛ちゃん」 比呂美も感心しきりだ。 「必要だったら、後でレシピあげるよ」 「わぁ、ありがとう」 嬉しそうな比呂美。眞一郎も、当然ニッコリと微笑んだ。 「羨ましい限りだな、眞一郎」 「お前は愛ちゃんが作ってくれるだろう」 「当然っ」 その答えを出させるための問答のように思われて、眞一郎はドッと疲れた。 「桜子ちゃんも、どう?」 「わ、私は、その」 頬を朱に染めてオタオタする桜子に、 「ああ、安藤先輩。 桜子は、無理」 素でそう告げる朴念仁が一人。 「だ・れ・が・無理?」 蛇ににらまれたネズミ。貫太郎は真夏なのに冷や汗が出ている。 「ま、まぁ、まぁ。 良かったら、ね」 タジタジとなる愛子に、挙手をするものが一人。 「私も欲しいです」 乃絵だ。 「うん、良いけど。 乃絵ちゃん、お弁当作ってるんだね」 愛子は笑顔で快諾する。 「あ、なるほど」 「そっか」 と、そこで同じ思いに当たったカップルが一組。 図らずも乃絵のお弁当作りを知っている眞一郎と比呂美。 比呂美に至っては、何度かそれを食する機会まで得ていた。 「お母さんに、持って行って貰っているから」 はにかむ乃絵に愛子は微笑んだ。 「なるほど、自分の分とお母さんの分を作ってあげてるのね」 「うん」 頷く乃絵。その様子を見ていた比呂美が、ふと囁いた。 「石動さんなら…」 比呂美が、続けて言葉を紡ぐ。 「石動さんなら、美味しく作って上がられると思う」 微笑んで、乃絵に告げた。その言葉。 「ありがとう」 受け取った言葉に柔らかに微笑んで、乃絵もそう答えた。 「泳いでみようかな」 お腹もこなれてきた頃合いだ。貫太郎がそう言いだした。 「おっ、泳ぎだったら、負けないからな」 三代吉も負けじと言うが、 「…佐伯君相手だと、勉強では負けるものね」 「あ、愛ちゃんっっっ」 と、愛子に突っ込まれて涙目だ。 「さぁさぁ、勝負してらっしゃい」 クスッと微笑んで愛子は二人を促した。 「負けねぇぞ、貫!」 「こっちこそだ、三代!」 二人はダッシュして、波打ち際まで駆けだしていく。 「あの二人も幼馴染みなんだよね」 愛子にとって貫太郎と三代吉のことは、 三代吉と付き合うようになってから、知ったことである。 勿論、佐伯貫太郎自身のことは、それ以前から知ってはいたが。 「そうですね。 昔は貫太郎が、野伏君のこと“ぴょん、ぴょん、ぴょん吉!”とか言ってからかって、 怒った野伏君に、“カン・カン・カンヅメ!”とか言い合ってたんです」 桜子が苦笑混じりに愛子に教える。 「で、いまだにその名残で“貫”と“三代”って呼び合ってるってわけだ」 愛子は、そう言いつつも優しい目で沖のあたりまで泳いでいった二人を見つめていた。 乃絵は、今日が充実した日であることを嬉しく思っていた。 兄に教えてあげたいことも、食べさせてあげたいものも増えた。 「こらぁ。 乃絵も、泳がないと、夏が終わっちゃうぞ」 と、そこに後ろから桜子の声がする。 「そんなこと…って、わぁ」 振り返ったら、…思いっきり海水が顔にかかる。 「ほらほらほらっ」 「や、やったわね。 もうっ」 乃絵も手ですくい上げて反撃する。 「楽しそうで何よりってことだね」 一人囁く日登美だが。 「傍観してないで、ほらっ!」 「わぶっっ。 ……こ、このっ!桜子っ!」 思いっきり口に入った海水がしょっぱい。 「わぁ、日登美が怒った!」 と、逃げる桜子を、乃絵と日登美が追いかけていた。 「こんな日が来るなんて」 ちょっと離れたところにある波消しブロックの上。 眞一郎と比呂美は泳ぎ疲れて、そこでひなたぼっこの様に、 のんびりと空を眺めていた。 「どうかした、比呂美?」 「ううん。 でも、嬉しいな。眞一郎くんと、一緒に海水浴に来られるなんて」 素直に嬉しさを伝える。 比呂美は海は好きだ。 冬の海が一番だが、こうした夏の海も比呂美は好きだった。 「ああ、確かに。 結構近いのに、最近は一緒に海水浴なんか来たこと無かったよな」 「冬の海には、いっぱい連れてきたけれどね」 クスッと微笑み比呂美。 「あっ、た、確かに」 ちょっと頬を朱に染める眞一郎。 比呂美との初めてのキスは、冬の海だった。 「ふふっ。 あっ、眞一郎くん、魚っ」 ふと、波消しブロックの下の海に陰が走る。 「えっ、って、お、おいっ!」 瞬間、比呂美の身体がふわっと流れ出した。 「えっ、……あっっ」 間一髪、だった。 海にそのまま落ちてしまうところを、 眞一郎は、全身で比呂美を支えて、抱きしめていた。 「…危ないだろう」 自然と、眞一郎は優しく比呂美の髪を撫でながら、 落ち着かせるように膝に座らせて抱き留める。 「ごめん。 …ありがと」 眞一郎くんに助けて貰った。 それだけでも比呂美は涙が零れそうだったが、眞一郎の膝に座らせて貰って、 髪まで撫でて貰っている。それだけでも、十分に幸せすぎた。 落ち着くまでの間、二人はそうしていることにした。 「……わぁ」 それを一部始終見ていたのは、愛子と日登美である。 乃絵と桜子はパラソルで休憩中のため、日登美だけがお供になっている。 で、遠くまで行きすぎた三代吉たちは、戻ってくるのに時間が掛かっており、 呆れ顔でその様子を見に行った帰り。 波消しブロックに、見知った顔が二人、いた。 「凄いですね、仲上君」 「うん。 でも、眞一郎の…へぇ」 愛子たちも驚いたことに、眞一郎は比呂美を助け出すために全身を抱きしめていた。 「結構、助け出す姿勢、大胆ですよね」 恋人いない歴更新中の日登美にしてみれば、赤面ものだ。 「比呂美ちゃんも、許してる風だし」 「仲、良いですよね」 愛子にしてみても、比呂美のあの許容の仕方は、 眞一郎を心から信用しているからに違いない、と思った。 「なるほどね。 眞一郎たちも、か」 恐らく、全てを許し合っているのだろう。 お互いの想いの総意をもって。 「どうかしましたか、先輩?」 「ううん。 さあ、私たちも泳ごっ、日登美ちゃんっ!」 結局。遠泳の記録会にでも出たかのような距離を泳いだ、三代吉と貫太郎。 勝負はつかなかった、らしい。 「ぜぃぜぃ、はぁはぁ」 死にものぐるいで戻ってきた二人に、愛子は苦笑しつつも飲み物を差し出して、 「取り敢えず暖かいお茶。 身体冷えてるんだから、こういうの飲みなさい」 あうあう、と紫色した唇で頷く三代吉と、 心なしか顔色の悪い貫太郎がそれを飲み干していく。 「お前たちなぁ」 眞一郎は、ため息と共に男ども二人のなれの果てを見ていたが、 まあ無事で良かった、とも思っていた。 「まったく!泳ぎすぎ、三代吉ったら」 「ごめんよぉ、愛ちゃん」 と言いつつも、優しく介護される三代吉は嬉しそうだった。 「はい。 ちゃんと身体拭いて」 持ってきていたタオルを差し出す桜子。 「すまん」 ありがたく受け取って身体を丹念に拭いてから、貫太郎は気がついた。 「あっ、これお前の」 「洗って返してよね」 怒っているのか、判然としない桜子に、貫太郎は頭を下げた。 「ありがとう」 「ばっ、馬鹿っ! そんなことで頭下げないでよ」 「いや、でも」 「…幼馴染でしょ、私たち」 ちょっと、朱に染まる頬を貫太郎は見つけてしまった。 「あ、ああ。 というか、感謝してます。 ありがとう、桜子」 「ど、どういたしまして」 優しく礼を告げる貫太郎に、どもる桜子だった。 「素敵ね」 その光景を見ていた乃絵は、微笑んでいる。 「ちゃんと感謝の言葉を紡ぐのはとっても大事なこと」 「うん。そうだね」 日登美とそう言って微笑みあい、頷く二人だった。 「今日はありがとうございました」 「いえいえ、気をつけてね」 日も傾き始め、片付けも終わった。 普段着に着替えた8人は、お互いに楽しかった思い出と共に帰宅することとなった。 愛ちゃん弁当の空を運んで自転車を引いていく、三代吉・愛子ペア。 仲上酒造より、比呂美の家の方が近いのでそっちに向かう、眞一郎・比呂美ペア。 引き続き乃絵のお母さん夜勤のためパジャマパーティに移行する、桜子・日登美・乃絵トリオ。 「あふれた」 苦笑しつつ、一人帰ろうとする貫太郎に、声が掛かる。 「貫太郎。どうせ、同じようなところ帰るんだし、 家まで、一緒に行かない?」 桜子である。ちょっと声はうわずって、ちょっと頬は日焼けしたよりも赤かったが。 「いや、良いのか?」 問うた桜子の同行者たちは即答する。 「良いの」 「構わないよ、佐伯君」 普段なら、それでも遠慮する佐伯家の御曹司だが、今日は桜子に世話になったこともあり、 素直に言葉に従っておくことにした。 「じゃぁ、お言葉に甘えて」 綺麗な夕日が水平線上の水面にも映し出されている。 「綺麗だね」 眞一郎の自転車の後ろに乗った比呂美と、その自転車を引いて歩いている眞一郎。 「ああ、ホントに」 ふと、比呂美の方を見つめると、髪がまだ濡れている。 艶のある黒髪が、綺麗に夕日に映えていた。 「比呂美も、綺麗だ」 「し、眞一郎くん……ありがと」 真っ赤な夕日に照らされてもなお判るくらいに、 頬が朱に染まる比呂美を、眞一郎はいとおしく見つめていた。 「また、みんなと行けたらいいね、海」 「そうだな、またみんなで行こうか」 「今日は、ありがとうね、三代吉」 「いやぁ、愛ちゃんのお陰で、楽しかった楽しかった」 こちらも、愛子を乗せた自転車を引いて歩く三代吉である。 お弁当の入っていた大きめエコバック2個は既に畳まれて、前かごの中だ。 「二人っきりでも、行こうね」 「…おう、楽しみに、してる」 頬を真っ赤にしあう二人。 「でも、みんなとも一緒にまた行きたいな」 「ああ、そっちも楽しかったものなぁ」 「うん。またいっぱいお弁当作るね」 「おうっ! またオヤジから軍資金頂戴しないと!」 「もう!三代吉ったら」 徒歩で来ていた4人は、会話を弾ませながら進んでいた。 「ま、楽しかったから、良いよね」 「ええ、楽しかったわ」 「うん。夏の良い思い出だね」 桜子や乃絵、日登美も身体は泳ぎ疲れてはいるが、気分は上々だ。 「それはそれは。誘った甲斐がありました」 微笑む貫太郎に、桜子が告げる。 「まあ、今回はね」 勿論、その表情は……微笑んでいる。 「ああ」 麦端も北陸の風土宜しく、暑い日々よりも寒い日々の方が長い。 「また、一緒に、 海に行きましょ」 そんな中で、 8人が8人とも、そう思った。そんな夏の日の出来事だった。 【後書きという名の言い訳】 今晩は、独り言の人です。 この様なシチュエーションに頼るSSは苦手です。(いきなりか) しかし、書かずにはいられませんでした。もう冬なのに。(爆) 今回は流石堂の流ひょうご様が夏にお配りになったポストカードの、 3ヒロイン水着姿!に惹かれて、書き進めてしまったものです。 何の脈略もないお話でごめんなさい。 でも、書きたかったんです。あの水着姿を見てしまったから! 改めて、流ひょうご様に感謝申し上げると共に、 皆様ここまで、読んでいただきまして本当にありがとうございました。
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/70.html
愛子の失恋 小雪のちらつく空、愛子は一人で佇んでいた。 大きな道の反対側には、寄り添うように歩く眞一郎と比呂美の姿が見える。 二人は次第に愛子の視界から遠ざかっていく。視界がぼやけて、涙が溢れそう になり、顔を上げて空を見上げた。とても苦しそうな表情。 「愛ちゃん…」 三代吉が近づいて、話しかけてきた。 「来ないで!」 愛子は、そちらを振り向きもせずに叫ぶように言う。 「今は私に近づかないで!」 「…」 「もし…近づいたら…一生口もきかないから!…」 「…」 「だから…今は…今はっ!…」 「…」 三代吉は何も言えずに、立ち尽くしていた。傷ついた愛子を慰めたい。しかし、 それでは失恋の痛手を利用していることにもなってしまう。想い人が苦しんで いるのを見ていられない。何か力になりたい。 (今はオレじゃあ…、ダメなんだろうなぁ…) 愛子の望むことでなければ意味がないことを悟り、三代吉自身が傷ついたよう な顔で、ゆっくりとその場を離れていった… (ごめん…) 愛子は涙で歪む空を見ながら、心の中で謝った。 (眞一郎…眞一郎…眞一郎ぉ…) 離れていく姿が目に浮かぶ。自分が隣を歩きたかった、隣で笑っていたかった、 隣であの笑顔を見たかった、隣で…誰よりも近くで。自分だけに見せる笑顔が 欲しかった…自分だけに…。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 今川焼き屋の店に裏口から入る愛子の頭や肩には、雪が積もっていた。店内に 入り暖房をつけ、椅子に座る。カウンターを見ると、そこに眞一郎が座ってい る風景が目に浮かんできた。 「はははっ。そんなことないってー」 目に浮かぶのは、いつもの眞一郎の笑顔。あっという間に涙が溢れ出してきた。 「眞一郎…ううっ…ううっ…うううっ…」 大粒の涙が愛子の頬を伝う。 「ううううぅ…」 しばらく愛子は、一人であることを噛み締めるように泣いていた。 泣き止んだ後、携帯電話がメール着信を知らせていた。 「あれ?誰からだろう?…」 画面には"眞一郎"の文字が見えた。 「えっ!?うそっ!?」 慌てて開きメールを表示する。 Fm 眞一郎 Sub 無題 そうなれればって思った こともある でも、やっぱり愛ちゃん は幼馴染で、大好きで、 とても大切なお姉ちゃん 好きでいたい、大切にし たい だから、謝らないよ 眞一郎 愛子はメールを読んで、今度は大声で号泣した。 「あああああああぁっ!…」 眞一郎に気持ちは伝わっていた。自分を"女"として見てくれて、考えてくれた。 それでも、越えられない…、届かない…、隣に並ぶことはできない…。 愛子の心にとても大きな穴ができていた。この世でたった一人しか埋めること ができない、そこに居て、笑って欲しかった… 声が枯れるまで…、涙が尽きるまで…、泣いて、泣いて愛子は寂しさと戦った。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― どのぐらい時間が経ったのだろうか、外はすっかり暗くなっている。力が抜け たようにして座っていたが、突然ある考えがひらめいた。 (そうかっ!諦めるなんて、まだ早いよ!) 愛子… (比呂美ちゃんとずっとそのままって、ないかもしれないじゃん!) 愛子ってば… 元気良く立ち上がり、こう叫んだ。 「これからっ!これからだよっ!」 END -あとがき- どうですか?泣いたわりには、ちっとも諦めていない愛ちゃんは? 愛ちゃんがアタックしても、比呂美を見ている限りは眞一郎が なびくことは無いでしょうが… 8話の涙のシーンから連想したSSです。比呂美END後としています。 テーマは、眞一郎の気持ちです。短いメールしかないですけど。 この続きは考えてありますが、書くかどうかは未定…。 眞一郎からのメールに一番悩みました。どうかなぁ。 もう一つ何かインパクトが必要だと思うんです。 "ごめん"としない方がいいと思ったのですが、どうでしょう? これが眞一郎にとって、都合が良く見えるかもしれませんが、違う意図で書い たつもりです。 愛ちゃんから本気告白を受けると、眞一郎がかなり悩むと思うんです。 4話で見た二人のやりとりから考えたメールなんですが…、うーん。 ありがとうございました。
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/123.html
湯浅比呂美(6話その後) 「それ・・・何の冗談?」 (比呂美が義妹!?) 慎一郎には、比呂美の言葉がにわかには信じられない。 「それにしても・・・。」 (中庭にたたずむ比呂美の泣き顔・・・きれいだったな。) こんな状況で不謹慎かもしれない。でも、この数日慎一郎の頭の中は比呂美のことで一杯だった。 「俺、こんなんで比呂美のことあきらめられるのか?」 いくら一人で悩んでも答えはでそうにもない。 ○ママンを問いつめる。 302 ○パパンに相談してみる。 301 ○もう一度比呂美と話そう。 300 ○<あいちゃん>に行ってみる。 299 ○散歩に行く。 298 302 ○ママンを問いつめる 思い切って居間にいた母さんを問いつめた。 慎一郎は感情が高ぶってうまく話せない。 比呂美のこととなると険しい表情になる母さんが、今日に限って穏やかだ。 落ち着いて慎一郎の話を聞いてくれていた。 「そう・・・しんちゃんにも、話しておいた方が良さそうね。」 母さんは、捨てたはずの写真をとりだした。 94年に湯浅夫妻と撮った、比呂美の母親の顔が切り抜かれた、例の写真だ。 「比呂美の母さんとの間に何があったか知らないけど・・・。」 「違うの、違うのしんちゃん。この写真・・・見たんでしょ? …この切り抜きに写っていたの・・・父さんなの。」 (何を言ってるんだ、母さん?父さんなら右端に写っているじゃ・・・) 「しんちゃんの本当のお父さんは、あなたが小さい頃に亡くなってね。 母さん、仲上の家のために弟のヒロシさんと再婚したのよ。」 (へ?) 「その頃のヒロシさん、茶髪のロングヘアーで、こうゆう格好が趣味だったの。 湯浅さん、あの子のお父さんとヒロシさんは・・・つまり・・・そういう関係だったのね。 安心なさい。あの子、戸籍上は湯浅さんの養子で、当然、仲上家の血は引いてないわ。」 「じゃあ、どうして比呂美は妹だなんて・・・。」 「あれは、あの子が勝手に誤解しただけよ。」 『あなた、よくこの家にこれたわね。・・・教えて上げましょうか。 …あなたのお母さんは、しんちゃんのお父さんと同じ人なのよ。』 父さんを見る目が変わった。(もう、父さんって呼べないかも。) 昨年まで十数年間二重生活をおくっていた父さんも父さんだけど、 父さんの女装に気付かなかった比呂美も比呂美だよなあ。←【お前もな!】 それにしても、比呂美への誤解が解けたことが何よりうれしい。 妹じゃなかった!義妹じゃなかったんだ!! 比呂美はあのとき泣いていたんだ。(もしかして、比呂美も俺のこと好きなんじゃないのか?) 不思議と今なら飛べるような気がする。 だが、ここで一つの疑問がわき上がる。 (湯浅のおじさん、どうして養子は女の子にしたのだろう?男の子の方が好きそうだけど!?) 『私の方が誕生日遅いから・・・慎一郎君がお兄さん・・・。』 (そういえば、比呂美は自分のことを妹とは一言も言ってないよな・・・。) ………………………………………………………………………………………………orz 慎一郎の眠れぬ日々は続く。 兄弟end 301 ○パパンに相談 酒蔵に行って父さんを捜すが見つからない。 (そういえば今日は商工会の会議があったかもしれない。夜まで待つか。) 仕方なく、時間つぶしに<あいちゃん>に向かう。 店に入るなり、愛ちゃんに告白された。 「34吉とは別れたから・・・わたしとつきあって!」 親友を傷つけるようなまねはしたくない。愛ちゃんには悪いけど断って店を出ようとした。 と、背後から延髄に手刀をたたき込まれ、慎一郎は意識を失った。 「私を振ったらただじゃすまないわ。」 阿鼻叫喚。 「酷いよ、愛ちゃん!」 青ざめた表情の慎一郎は、よろめきながら外に出た。(今川焼き・・・怖い。) 尻を押さえ泣きながら家路についた。 もはや、ヒロシに相談するどころではなかった。 愛子end 300 ○もう一度比呂美と話そう 比呂美の部屋に向かう途中、廊下で丁稚と会った。 「最近、坊ちゃん元気ないですね。何か悩んでます?俺で良ければ相談乗りますよ。」 丁稚は心配そうに慎一郎を見つめている。 この際、相談相手は誰でも良かったのかもしれない。 「俺の・・・友達のはなしなんだけどさ・・・。」 慎一郎はこれまであったことをかいつまんで丁稚に話した。あくまでも友人の相談話だと強調して。 丁稚は真剣に慎一郎の話を聞いてくれている。時に涙を浮かべながら・・・。 自然、場所を慎一郎の部屋に移して長い長い話し合いが始まった。 翌朝、慎一郎は眠い眼をこすりながらベットから起きあがり・・・振り返る。 ベットのとなりで裸の丁稚が微笑んでいた。 「坊ちゃんのこと、これからは・・・兄貴って呼んでいいですか?」 慎一郎の答えは決まっていた。 13 13 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/08(火) 10 14 12 ID h1Wql3b/ ばっちこーい 丁稚end 299 ○<あいちゃん>に行ってみる。 途中で、34吉と合った。 「こんなんじゃだめだ。もっと強力な武器が必要・・・ブツブツ。」 34吉の様子がいつもと違った。顔中あざだらけで痛々しい。 手には稲刈り用の鎌(刃先は折れて無くなっている)を持っている。 と、腹を押さえて道端でしゃがみ込んだ。 「何があったんだ?」 声をかけても反応がない。目の前の慎一郎に気付いてすらいない。 「そうだ、あれをつかえばきっと・・・。」 突然走り出す34吉を慎一郎は止められなかった。 数日後、34吉は失踪した。失恋の痛手を乗り越えて、いつか帰ってくることを慎一郎は願っている。 比呂美は2年後卒業と同時に仲上の家を出た。ギスギスした人間関係は、慎一郎には修復出来なかった。 慎一郎は、比呂美に笑顔を取り戻せないと知った時から絵本を書くことは止めてしまった。 乃絵は、飛べなくなった慎一郎に興味を失ったようだ。石動家は引っ越していった。 結局、愛ちゃんだけが慎一郎の側にいた。そして、愛ちゃんはいつも慎一郎にやさしかった。 愛子と結婚して1年後、両親が事故死した。 (俺がしっかり造り酒屋を盛り立てていかないと。愛子に楽をさせてやりたい。) 慎一郎は体調を崩して寝込みがちになった。過労のせいだろう。 (寝込むようになって、夢で34吉に合うことが多くなった気がする。) 「なあ、愛子はどうして何の取り柄もない俺なんかを選んだんだ?」 「あら、あなたの持っている物はとっても魅力的だわ。」 (夢で合う34吉の顔はいつも真っ赤だ。泣いているのか?) 「そういえば、前から気になっていたんだ。昔の店<あいちゃん>はどうやって手に入れ・・・。」 「さあ、お薬の時間よ。話はあとでゆっくりとね・・・。」 薬の後は決まって強烈な睡魔が襲ってくる。 愛子はいつも優しい。前向きに生きていけばきっと良いことがあるだろう。 (虫の知らせだろうか、そう遠くない日、34吉と再会出来るような気がする。) 34吉end 298 ○散歩に行く。 海に行ってみるか。 階段を下りたところで、自室に入る比呂美と目があった。 慎一郎は声をかけようとしたが、玄関で人の気配がする。(今はまずい。暫く待とう。) 自室に引き返した。 30分後、比呂美の部屋の前で屈伸する事数回。思い切って扉をノックした。 比呂美は着替え中だったようで、あたふたとあわてた様子で扉を開けてくれた。 いつもと同じセーター、いつもと同じジーンズ。 「話があるんだ。出来れば・・・2人だけで。」 この数日、言い出せなかった一言を、慎一郎は精一杯声を振り絞って言った。 比呂美は小さくうなずいた。 「入って。」 (この部屋に入るのは二度目か。) (何て話せばいいんだ?どう話せばおまえを傷つけずにすむんだろう?) (義妹である確証があるなら・・・きっぱり、あきらめよう・・・。) 比呂美の後についてドアを閉めながらそんなことを考えていた。 比呂美はゆっくりと同じ足取りで机に向かっていく。 途中で振り向いてこのまえと同じように机を背もたれにする? この前と同じように「何?」って聞いてくるのか? いつもと同じ口調、いつもと同じポーカーフェイスで。 ○振り向いた比呂美の唇を強引に奪う・・・ 297 ○気が付けば、後ろから比呂美を抱きしめていた。 296 297 ○振り向いた 振り向いた比呂美の唇を強引に奪おうとして・・・ 転んだ拍子に机の角で頭を打った。 君の冒険はここでおわる・・・。 地べたend 296 ○気が付けば 気が付けば、後ろから比呂美を抱きしめていた。 無防備な比呂美の背中から両手を回して抱きしめていた。 瞬間、比呂美がビクンと体を堅くした。 「あ、ごめん。」 あわてて慎一郎は比呂美から離れようとした。 比呂美は振り向きながら、慎一郎の腕の中から逃れようとする。 普段の比呂美なら腕を払って呪縛から逃れるのはたやすかっただろう。 不意打ちに驚いた比呂美が足をもつれさせ、二人はベットに倒れ込んだ。 倒れた拍子に慎一郎の頬と比呂美の唇が触れ合う。 「ご、ごめん。」 ちょうど、顔を寄せ合い抱き合うような格好のまま見つめ合っていた。互いの唇まで数センチ。 慎一郎の目の前に蠱惑的な美少女の唇がある。思わずつばを飲み込む。 「重いわ、早くどいて。」 比呂美は直ぐに顔をそむけ視線をはずした。口調も素っ気ない。 慎一郎は起きあがろうとして、つまづき、また転んだ。 「きゃっ。」 右手が比呂美の左胸をつかんでいた。予想外の事態に咄嗟に謝罪の言葉が出ない。 (気のせいか比呂美の雰囲気が普段と違う?) 比呂美は顔をそむけたままだが、横目でチラリと慎一郎の様子をうかがっている。 心なしか比呂美の頬が朱に染まっている。 (色っぽくて・・・綺麗だ。) 「あんっ!あんっ!」 慎一郎は無意識の内に比呂美の胸をもみしだいていた。 頭の中で何かがはじけた。 吸い寄せられるように唇を重ねていた。ほんの一時我を忘れて比呂美の唇をむさぼった。 一瞬の間、比呂美は激しく首を振り、口づけを拒んだ。 「やめて、慎一郎くん。・・・わたしたち・・・兄妹かもしれないのよ。」 (いまさら、後には引けない。おまえを他人に渡したくない。) 抵抗する比呂美を押さえつけ裸にした。白い肌が艶めかしい。 「おまえは義妹じゃない。義妹であるはずがない!!」 慎一郎は比呂美の乳房に吸い付くと、愛撫を続けた。 徐々に比呂美の抵抗が弱まってくる。 タイミングをみて挿入をはかるが、うまくいかない。 先端を陰唇にあてがうのさえ思いの外時間がかかった。 「いくよ!」 一気に刺し貫く。 その瞬間、比呂美はのけぞり声にならない悲鳴を上げた。 痛みに耐えるためか、比呂美の両手は慎一郎の背中に回されていた。 慎一郎は本能の命じるまま腰を振り続けていく。 慎一郎end・・・比呂美編へつづく
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/538.html
竹林のトンネルを抜けて比呂美のアパートへと辿り着いたとき、眞一郎の全身はずぶ濡れになっていた。 家を出たときに持ち出した傘は既に風で飛ばされ、眞一郎は嵐の中を雨具無しで駆け抜けてきたのだ。 「はぁ、はぁ、はぁ……」 乱れた呼吸を整えながら、二階の窓を見上げる。 目的の場所……比呂美の部屋だけが、淡い明かりを灯していた。 その暖かな光を目にして、雨粒のせいで〈しかめっ面〉だった表情が緩んでいく。 「……比呂美」 思わず愛しい名を呼んでから、最後の一踏ん張り。 疲れの溜まった両脚を心で鞭打ち、眞一郎はまた駆け出す。 だが、建物の角……二階へ上がる階段の手前で、その脚は止まってしまった。 階段の途中……薄暗い照明の中に人影が見える。 ……誰だ?と考えるまでもない…… 決まっているではないか。 「…………」 声が出せなかった。 こちらを見据える湯浅比呂美の様子に、只ならぬモノが感じられたのだ。 「あ……あのさ……」 何か話し掛けようと試みるものの、上手く言葉が出てこない。 無表情に見つめてくる比呂美の視線も、眞一郎の思考を混乱させる。 (怒ってる……んだよな、多分……) 事ここに至って、眞一郎はようやく、己の行動の無謀さを自覚した。 〈伊勢湾台風〉並みと報道された災害の当日…それも深夜に外出するなど、冷静に考えれば正気の沙汰ではない。 何よりも、電話を切ってから自分の姿を確認するまでの数十分……比呂美がどれ程の心労に苦しめられたことか。 ちょっと考えれば分かりそうなものなのに………… 「比呂……」 口から飛び出しかけた謝罪の言葉は、比呂美が階段を下りて来る、カン、カン、という音で遮られた。 風が唸る音を突き抜けてくる、その甲高さが、場を緊張させて眞一郎の動きを止める。 雨風は全く収まる気配がなかったが、比呂美はそれに動じることなく、眞一郎に近づいていった。 二人の距離はどんどん縮まり、遂には互いの手が届く距離になる。 「……眞一郎くん」 眞一郎は口を噤み、平手打ちを覚悟して奥歯を食いしばったが、いつまで待っても衝撃は襲ってこなかった。 代わりに、温かくて力強い抱擁が眞一郎に与えられる。 そして耳朶を打つ「……よかった……」という囁き。 眞一郎の記憶が巻き戻され、比呂美が石動純と逃避行を図ったときのイメージが脳裏を埋めた。 あの時と立場を入れ替えた……今の状況。 怒っていたのに。 見つけたら引っ叩いてやろうと思っていたのに。 ……無事な姿を見たら、もう〈引き寄せる〉以外のことが考えられなくなっていた。 ……〈抱きしめる〉以外のことが考えられなくなっていた。 ……雪の発する冷気も、赤く燃えるバイクも、そして…石動乃絵の存在すらも、意識の外に飛ばしていた…… ………… 「ごめん…」 かつての比呂美と同じセリフが、口をついて飛び出す。 それ以外に、自分の思慮の浅さと愚かさを詫びる術が、眞一郎には思い浮かばなかった。 比呂美を守るとか泣かせないとか、いつも偉そうに言っているくせに、自分は一体何をしているのか…… ちゃんと判断できていれば、正しい選択は他にあったはずなのに。 (結局、独り善がりなんだ……俺は……) 二年前の麦端踊りの時だってそうだ…… 肝心なときに、自分は比呂美の気持ちを思い遣ることが出来ない。 悔しさと歯がゆさが、身体の内側に広がっていく。 (何やってんだ……俺っ!) 不甲斐ない己に眞一郎が内心で喝を入れた瞬間、比呂美は何かを感じ取り、顔を上げた。 反応して目線を絡ませた眞一郎の視界を、比呂美の澄んだ表情が埋め尽くす。 「……比…!!」 眞一郎に比呂美の名前を呟く間は与えられない。 眞一郎の口が開くよりも早く、比呂美の唇がそれを塞ぎ、漏れ出ようとする悔恨を押し戻していた。 ※
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/22.html
負けるな比呂美たんっ! 応援SS第9弾 『私だって 比呂美たんver』 ●EDのデフォルメキャラをイメージしてください 眞一郎 「うわっ、鶏のエサが何で家にまで?」 眞一郎 「乃絵のやついつの間に…」 眞一郎 「何処まで続いてんだろ?」 眞一郎 「こ、これは、比呂美の部屋の前まで?」 コンコン 眞一郎 「比呂美? ちょっといいか?」 比呂美 「ハーイ、どうぞ」 スー 眞一郎 「比呂美? 何だか赤い木の実が俺の部屋から比呂美の部屋まで続いて落ちてたんだけど?何か知らない?」 比呂美 「クスッ ホントだったんだ? クスクスッ」 眞一郎 「なんだ? なんだ?」 比呂美 「木の実はね、私が置いといたの。」 眞一郎 「な、なに? なんで?」 比呂美 じーっ 眞一郎 (ドキドキ) 比呂美 「野節くんがね 教えてくれたの。」 眞一郎 「ミヨキチが?」 比呂美 「うん、お家でこの木の実を並べといたらハトさんみたいに眞一郎くんがやってくるから実験してみろって。」 眞一郎 「なんだそりゃ?」 比呂美 「でね、その木の実も野節くんがくれたの。」 眞一郎 「アイツ。」(余計な事言ってないだろうな?) 比呂美 「でも、びっくりしちゃった、ホントに来てくれるんだもん。」 眞一郎 「ああ。」 比呂美 「…。」 眞一郎 「…。」 比呂美 「あ、あの、怒っちゃった かな?」 眞一郎 「い、いや、別に怒ってはないんだ、全然。」 比呂美 「ホント? なら、良かった。」 眞一郎 「その、なんだ、ミヨキチの奴 他に何か言ってなかったかな?」 比呂美 「他に?」 眞一郎 「ああ、アイツはいい奴なんだが時々ヘンなコトを言う悪いクセがあってだな。」 比呂美 「そうそう。」 眞一郎 (ギクッ!) 比呂美 「やさしい眞一郎くんは足をくじいた女の子を保健室まで連れていってあげようとしてただけなんだよね?」 眞一郎 (そっちか!) 比呂美 じーっ 眞一郎 「あーー、うん、おびき出されていつの間にやらあんなコトになっちまった。」 比呂美 「フフッ。何だか本当に眞一郎くんらしい。」 眞一郎 「そ、そうかな?」 比呂美 「あとね、 眞一郎 (今度はなんだ?) 比呂美 『眞一郎は不器用な奴だがいい奴だ、勘弁してやってくれ』とも言ってたかな。」 眞一郎 (ホッ、)「アイツ。」 比呂美 「いいお友達ね。野節くん。」 眞一郎 「ああ、アイツはいい奴だ。」 比呂美 「フフッ。二人でおんなじこと言ってる。」 眞一郎 「あっ、ははっ。 ん? でもなんで、比呂美にそんなこと話したんだろうな?」 比呂美 「えっ、あっ、さ、さあ。」 眞一郎 「まーいいか、なっ、ホントに時々ヘンなコトを言う奴だろ?」 比呂美 「悪いわ、そんなの。 でも、そうかも?」 眞一郎 「はははっ。」 比呂美 「ウフフッ。」 眞一郎 (フウッ、) 比呂美 (じーっ) 眞一郎 「…?。」 比呂美 「あっ、あのねっ。」 眞一郎 「な、なに?」(なんか少しカワイイな?) 比呂美 「もしね 私が そのっ 足を痛めて 倒れてたら 眞一郎くんは 保健室まで おんぶして 連れてって くれ る?」 眞一郎 「えっ!! ひっ、比呂美を?」 比呂美 「う、うん。」 眞一郎 (な、なんだ? なにが起きているんだ?) 比呂美 (チラッ) 眞一郎 (こ、これはどんな答えを期待してんだろう?) 比呂美 「あ、あの、ごめんなさい、ヘンなこと訊いて…」 眞一郎 「い、いや、ちょっとびっくりしただけで…」 比呂美 「やっぱり、私じゃダメ かな…」 眞一郎 「い、いや、そんな事ないぞ」 比呂美 「…?」 眞一郎 「もし今度そうなったらすぐつれてってやる。」 比呂美 「ホント?」 眞一郎 「ああ、比呂美はさ、昔からよく転ぶだろ?」 比呂美 「え? うん。 確かに私よく転んで 朋ちゃんに『ボーっとしてる』って怒られるけど…」 眞一郎 「この間も転んでたしな?」 比呂美 「えっ? やだ? 眞一郎くんに見られてたんだ?」 眞一郎 「そりゃ、いつも比呂美のこと… ゲフン、ゲフン!」 比呂美 「えっ? なになに? 私がどうかしたの?」 眞一郎 「なっ、なんでもない!」 比呂美 「えーっ、今何か言いかけたでしょ?」 眞一郎 「なんでもないから! 気にしなくていいぞっ!」 比呂美 「言いかけてやめられたら気になるよぅ。」 眞一郎 「ホント、なんでもないから!」 比呂美 「あーっ、きっと悪口だったんだ。」 眞一郎 「いやっ、そんなことないから。」 比呂美 「いいもん、今日の日記に『眞一郎くんに悪口を言われて涙で枕を濡らしました』って書いちゃうんだから」 眞一郎 「日記?」 比呂美 「うん。」 眞一郎 「比呂美 日記なんかつけてるんだ?」 比呂美 「うんっ。毎日眞一郎くん の 事 …(パクパク)」 眞一郎 「お、俺のこと?」 比呂美 「あ、あのね、違うの! なんでもないの。ねっ?」 眞一郎 (なんだなんだ? 俺の失敗談観察日記でもつけられてるのか?) 比呂美 「お願いっ。今の忘れてっ、ねっ!」 眞一郎 「あっ、うん?」 比呂美 「あ、あの、ごめんなさい、実験とか、へんな事聞いたりして」 眞一郎 「あ、いや、見事に引っかかったしな。」 比呂美 「うんっ! 大成功だった。」(ニコッ) 眞一郎 「じゃ、行くわ。」 比呂美 「うんっ、ありがとう。」 眞一郎 「そうだ、この木の実どうする?」 比呂美 「あ、それちょうだい?」 眞一郎 「はい、これ。」 比呂美 「ありがとう。また今度使わせてもらうね。」 眞一郎 「いや、普通に呼んでくれたらいいし。」 比呂美 「ホント?」 眞一郎 「ああ。」 比呂美 「あ、あのね…」 眞一郎 「なに?」 比呂美 「今度ね、」 眞一郎 「うん。」 比呂美 「勉強で解らないところとかあったらお部屋に訊きに行ってもいい かな?」 眞一郎 「いいけど? でも比呂美が解んないところなんて俺に解るかな?」 比呂美 「いっ、いいのっ! 二人で考えたら解る事とかもあるかもしれないし!」 眞一郎 「んーっ、そうかもな? いいよ。」 比呂美 「うんっ。でねっ、眞一郎くんも良かったら私のお部屋時々遊びに来てくれてもいいかなって。」 眞一郎 「そ、そう。じゃ俺のほうこそ宿題で解らないところとかあったらお邪魔していいか?」 比呂美 「うんっ。」 眞一郎 「じゃ、おやすみ。」 比呂美 「おやすみなさい。」 比呂美 (眞一郎くんの得意科目で、解くのに時間がかかって、お隣に座って説明してくれそうな問題探さなきゃ!) 了 ●あとからあとがき 4話まで視聴済み #2の別バージョンです 本編暗いんで無意味に明るくなってます こんなラブコメ展開… なさそうですね
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/546.html
――第六幕『男の子でしょ?』―― 次の日、案の定、眞一郎は、教室の自分の席で蒼い顔をしていた。 一時限目が始まる前、比呂美と眞一郎は、自分の席にいながら目を合わせたが、眞一郎 は、辛そうに瞼を半分下ろし、目線を外した。 内容が内容だけに、学校ではお互いに話す機会を設けない方がいいだろうと比呂美は思 っていたが、眞一郎の方は、堪えられなかったようだ。 放課後、比呂美が体育館へ向かっている時に、眞一郎は話を切り出してきた。ここじゃ さすがに朋与が嗅ぎつけると思った比呂美は、出来るだけ明るく努め、早々に眞一郎を帰 すことにした。そもそも、比呂美は、眞一郎を軽蔑しているわけではないのだから。 「比呂美」 「……何?」 「……きのうの……事なんだけど……悪かった」 「気にしないで。私、気にしてない」 比呂美は、眞一郎に笑顔を向け、肩をポンポンと叩いたが、 「本当に、すまない……」 と眞一郎は、明るさを取り戻さなかった。 「ううん、分かってる……その……ぁ……うれしかったし……」 このとき、眞一郎は、比呂美が言葉を選んで話しているのに気づいた。 (比呂美が、言葉を選んでいる) まだ、晴れない顔をしている眞一郎に、比呂美は、胸めがけて軽くパンチを繰り出す。 「もう、しっかりしてよね」 眞一郎、全然よろめかなかった。あの時、そのくらい堂々としてくれたら……眞一郎の そんな様子が少し癇に障った比呂美はこんど、拳を眞一郎の胸に押し当て、グッと体重を かけた。さすがに眞一郎も耐え切れず、片足を引いてバランスを取り直した。 「男の子でしょ? あのくらい、別に……」 「比呂美……」 眞一郎は、無理して少し笑った。 「嫌いになったりしないよ、じゃ」 踵を返し、比呂美は体育館へ歩きだした。 そんなやり取りを途中から見ていた朋与は、珍しく心配した顔で比呂美に声をかけた。 「喧嘩でもしたの?」 「ううん、なんでもない」 比呂美のそっけない態度に朋与はカチンと頭にきた。 「ちょっと待ちなっ」 比呂美の手首をつかみ、険しい顔を向ける朋与。 「雷のすごかった日、私、見てたんだけど」 「!」 ……雷……ゲーム……お願い……キス…… 睨み合う二人。そんな時、高岡キャプテンの声が響く。 「女子、集合ぉ!」 「練習終わっても、帰んなよ」 朋与はそう残すと集合場所へ走っていった。 「…………」 バスケの練習のあと。 比呂美と朋与の二人は、シャワーを浴び、制服に着替えていた。 もう他の部員はいない。女子バスケ部の部室で比呂美と朋与の二人きり。朋与は、ずっ と窓の外を眺めていた。 比呂美にとっては、特にまずいところを見られたわけでもないので、さっさとかわして 帰ろうと思ったが、朋与の第一声に焦ることになった。 「私……比呂美のこと……好きよ」 ……な に !?…… 「ずっと、守ってやんなきゃと思っていた。今も思ってる」 そう続けた朋与は、比呂美の方に振り返り、いつもの笑顔を見せた。 朋与のその顔を見て、比呂美は、ほっとした。 ……友達として、好きってことか…… 「私にはぁ、どうすることも出来ないだろうけどさっ、話してみなよぉ」 「朋与ぉ……」 比呂美には、朋与に対して一つ負い目がある。口ではちゃんと謝ったものの、朋与は心 に少し傷を負ったに違いない。 「4番が好きだ」と言った嘘。今思えば、あの『嘘』が、事の発端。 あの『嘘』がなければ、眞一郎とすぐに気持ちを通じ合わせることが出来たかどうかは 分からないが、眞一郎や石動兄妹、ヒロシや理恵子に迷惑をかけることはなかっただろう。 比呂美は、目を瞑って自転車を漕いでいたような過去の自分に苦笑いをした。 そういえば、最近、朋与とゆっくり話したことがなかったことを思い出す。中学からの 友達、いや、悪友と言ったほうがいいかもしれない。 比呂美と朋与は、幾度となく喧嘩をしてきた。性格も考え方も違う二人。一方は、成績 が良く運動神経抜群の女、一方は、悪知恵が働きド根性の女。一旦喧嘩を始めるとなかな か仲直りの糸口を見出せない二人だったが、朋与が比呂美の心の弱さを見抜いていたこと が、今の二人の関係を続かせた。比呂美も両親が亡くなったことで、ようやくそのことに 気づいたのだった。 比呂美の両親が亡くなった時、朋与は非常に焦った。比呂美は堪えられない、と。だか ら、いつも比呂美の見えるところにいて、ちょっとでも比呂美にちょっかいを出す奴がい たら、眞一郎と同じように、ぶっ飛ばしに行っていた、男女構わず。その時、よく口にし ていた台詞が…… 「比呂美に、なんか用?」 …………… なんか用かい? ↓ ようかい ↓ 妖怪 …… 朋与が陰で『妖怪』と呼ばれる所以であった。 比呂美自身、今の眞一郎との間にある障壁について、どうしていくべきか、ほぼ解決策 を見出していたが、ここは、この悪友の意見も、なんだか聞いてみたくなっていた。 「私……眞一郎くんと……結婚してもいいと思っている」 「い、いきなりそんな話かいッ!」 せいぜい、エッチがうまくいかない、とかそんな話だと朋与は思っていたのだろう。 朋与は、自分の鞄をつかんで帰ろうとした。比呂美はすぐ朋与の手首をつかんで引き止 めた。 「わかった、わかったって」 朋与は、眉毛を八の字にして、比呂美の横に腰掛けた。 「で?」 比呂美は、静かに語りはじめた。 「眞一郎くんと、結婚してもいいと思っている。結婚したいと思っている。そのためには、 当然、お互いに社会人になって、大人にならなければいけない。精神的にも、経済的にも。 眞一郎くんは、今のところ家の酒造を継ぐ気はなくて、芸術関係に進もうとしてる。とり あえず、自分の夢へ向かって歩き出してる。でも、その道のりは、おそらく険しい。だか ら、眞一郎くんの今の一日一日を大切にしてあげたい。後悔しないように。私のことで、 つまらないことですれ違ったり、もう、したくない。眞一郎くんは、本当に私のことを大 切に思ってくれている。私のことになると途端に一生懸命になる。このこと自体は、お互 い好き合っているもの同士なら、当たり前の感情よね。でも、眞一郎くんは、恐れている。 勘違いをしている……」 「……比呂美らしぃ」 朋与は、やわらかく相槌を打った。 「眞一郎くんの心の奥に何か壁みたいなものがあるの。理性とかそういうんじゃなくて。 これは、たぶん、眞一郎くんが大人になるについて、段々と自分のことを理解して、気づ き、乗り越えていくことなんだと思うんだけど……」 「だけど?」 「私が天涯孤独であることと、それと、石動乃絵と一時期ぐちゃぐちゃになっちゃった私 たちにとっては、少し、話が違ってくる。石動乃絵が飛び降りた夜、病院から帰ってきた 眞一郎くんは、生気を失っていたって、おばさんが言ってた。……そうよね、一歩間違え ば、死んでたんだから」 朋与は、比呂美の手を握る。 「まず一つは、そのことが、眞一郎くんの頭の中によぎってしまう」 「それが、恐れってこと?」 「それと、今度はわたしのこと。両親を亡くした私が、どれだけの『孤独感』を抱えてい るか、それが眞一郎くんには分からないこと。分からないから、とにかく、私を守り、傷 つけることを避け、大切にする。だから、私に…………私に、一歩、踏み込めない」 「ふ~ん、さっきの勘違いって何?」 「眞一郎くんは、『好きな女の子が、不幸を背負ってしまった』と思っている。それは、 間違いないんだけどね。私の両親が亡くなる前から私のことが気になっていたって、言っ ていたから。でもね、今の眞一郎くんは違う。明らかに眞一郎くんの気持ちは、『不幸を 背負った女の子を、好きになった』に変わっている。それに、眞一郎くんは気づいていな い。」 「比呂美に、二度、恋をしたか……それって、そんなに違うことなの? 好きな子が、苦 しんでいるということと、苦しんでいる女の子が、好きになったっていうことでしょ?」 朋与は、比呂美から手を放した。 「人が苦しんでいると、その苦しみをなんとか取ってあげたい、て思うよね。でも、その 苦しみが、自分では太刀打ちできないと分かると、どうする?」 「そうねぇ、一緒に楽しいことしたり、好きなことをしたり、その苦しみ以上に明るいこ と考えたり……」 「そうよね……それでいいんだけど……ふつうに……」 「でも、そんだけ彼のこと分かっていれば、何の問題もないような気がするけど」 朋与は、少し顎を突き出して、お高く言った。 「口で言ってなんとかなるなら、とっくにいちゃいちゃしているわよ」 「じゃあ、とりあえず、やっちゃってみた方が話は早いんじゃない? まだなんでし ょ?」 「いきなり、それは……」 昨日のことが比呂美の頭の中によぎる。 「いやいや、エッチしか解決策がないって言ってるんじゃなくて。そんくらいのことやん なきゃ、打破出来ないんじゃない? コンドーム、あるでしょ? 私が置いてったやつ」 比呂美は額に手を当て、首をかくんと落とした。この女が過去、とんでもないことをや らかしたのを思いだしたのだ。 「朋与ねぇ~あんたっ、あんなところに置いて、おばさんにすぐ見つかったんだからっ」 「おぉーまいっーがっ!」 朋与は、両手で頭を挟み絶叫した。 あれは忘れもしない春休み、朋与が比呂美のアパートに遊びに来た日のこと。 比呂美がトイレで用を足していると、その隙に朋与が本棚にコンドームの箱をさりげな く忍ばせたのだ。朋与が帰った後、理恵子が夕食のおかずの残りを持ってやってきた。理 恵子は中で一服して、帰り際に…… 「比呂美、本棚、掃除しときなさい」 と言って、ほんの一瞬比呂美を睨んだ、ような気がした。 「は、はい…」 比呂美は、その日の午前中に掃除したばっかりだったので特にその言葉を気に留めずに いたが、夜、風呂上り、何気に本棚に目をやると、見たこともない背表紙の『それ』に気 づいたのだ。 「ぎゃぁああぁぁぁぁーーーー」 二人の女がつかみ合っているシルエットがそこにあった。 「ィテテテテテ、それで没収されたんだぁ」 比呂美は、朋与の髪の毛を引っ張っていた。 「それっきり、なにも」 比呂美は、首を横に振ると、朋与の髪の毛を放した。 「へぇ~意外。結構、寛大なんだ」 「いや、逆だと思う」 「え? なんで」 「中身が減れば、『やった』という物的証拠になるわけでしょう?」 「それなら大丈夫ぅ、にひっ」 朋与は、人差し指を立てて胸を張った。 「どうして?」 「もう一箱、新品用意しとけばいいしぃ」 「あんたねぇー」 まったく、その悪知恵をバスケの試合にも発揮して欲しいものだと比呂美は呆れた。 「すぐ手配するねっ」 朋与に話をして、何か新しい発見があったわけではないが、比呂美の心は清々しい気持 ちになっていた。朋与が最後まで話を聞いてくれたことで、自分の気持ちがそう歪んだも のではなかったことに、比呂美は安心していた。比呂美は、あとは自分らしく眞一郎にぶ つかるだけだ、と覚悟を決めた。 「あ、そうそう、朋与ぉ」 「何?」 「コンドームのお金」 比呂美は、鞄から財布を取り出していた。 「………………まいどっ」 朋与は親友に最高の笑顔を送った。
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/48.html
負けるな比呂美たんっ! 応援SS第32弾 『ひみつ』 ふとある本が気になった あの本はドコだっけ 本棚の… 上のほう あった 久しぶりに手に取った この本を買ったときのこと 初めて読んだときの事 昔の記憶がよみがえる 小さな頃から仲のよかった男の子と女の子が離れ離れにされる悲しいお話 女の子は男の子への接近を禁じられ 家のためだからと望まぬ結婚を強いられる 女の子は最後まで男の子への想いを胸に秘めたまま早くに亡くなってしまう 男の子が女の子の想いを知るのは女の子の死後の事 女の子は息を引き取るその時まで握り締めていたのは男の子の写真… このお話を初めて知ったのは深夜ラジオの朗読 毎日少しずつ 何日かに分けての放送だった 中学の卒業を控えていた頃 ベッドの中で泣きながら聴いた その女の子に自分を重ねた いま、私はその女の子と同じ年齢になった 私も日々の切なさの中で押しつぶされそうになる でも私のほうがはるかに恵まれている 久しぶりに読んでみる この本はもう100年以上前に発表されたもの その後 版を重ねたとはいえ 古い文体と小さな活字は変わらない 正直言って読みづらい こんなときはケースからあるものを取り出して装着する 誰も知らない私の秘密 今でもはっきり思いだせる 人によっては笑われる そんなお話 子供ってまるで天使のよう だけど悪魔のよう 人を傷つける事の意味が分からない もちろん自分もそうだった 小学生だった頃 少し目が悪くなった 左目だけが少しぼんやり 黒板の字が見えにくい 保健の先生の薦めもあり 眼鏡を作った クラスの皆に笑われる 渋る私に 『大丈夫、ヘンじゃないよ』 お母さんは そう言ってくれた 眼鏡をもっての初登校 恥ずかしかった 午前中は机の中にしまったまま お昼休みの時間 友達にこっそり相談してから 午後の授業からかけてみた そしたら男子達が大笑い 恥ずかしかった 一番ショックだったのは その中に彼が居た事 結局その日限りで 私は人前で眼鏡かかけるのを止めた その日の夜 お母さんに内緒で お布団の中で泣いた 次の日からは お母さんを心配させたくなくて 学校で眼鏡を使っている振りをした 大切な人に 嘘を吐いたのは あれが最初… その後は慣れのせいか 黒板の文字は見られるようになった 視力検査の結果は相変わらずだったけど… 人づてに聞いてもらった 彼の好みの女の子 髪は長めで 運動好きな元気な子 きっと眼鏡は好みじゃないに違いない あの頃からずいぶん経った 相変わらず視力検査の結果は一緒 周りの目の悪い子たちはコンタクトを使ってる でも私はコンタクトが使えない お医者様のお話では 目への負担が大きすぎるのが原因のようだ 私が眼鏡を使うのは お部屋の中だけ 朋与だって知らない 私だけの秘密 今の彼なら私の眼鏡を笑うだろうか 多分笑いはしないだろうけれど あの日の記憶が邪魔をする 彼から受けたたったひとつの心の傷 もちろん子供の頃の話だし 彼に罪があるとは思わない 本当に些細な事 だけど 普通に眼鏡を掛けた私を 彼は受け入れてくれるだろうか もし彼がほんの僅かでも眉を曇らせたなら 多分 私は耐えられない 今だ打ち明けられない秘密 もっともっと彼に近づきたい でも 秘密を隠したまま近づく訳には行かない それはホントの自分じゃないのだから 今はまだ 彼の前では怖くて眼鏡は掛けられない いつの日か 彼に相応しい自分になれたと思うとき その時こそ 私は彼の前で再び眼鏡を掛ける そして今度は 「似合ってる」 彼はきっと 褒めてくれる そう信じてる 了 ●あとからあとがき 9話まで視聴済み 眼鏡っ娘シリーズ第2弾! 何を隠そう作者の高校時代、 1学年上にいた図書委員タイプのお下げ眼鏡っ娘に恋してて 廊下ですれ違うだけでドキドキだったのは内緒です。 ドキドキしてただけなんですけどね。 本作は「封印」の内容がもしこんな理由だったら… というIFネタです ちなみに冒頭の小説は『野菊の墓』をイメージしてます 3話程度まで観た頃の展開予想では 眞ママにより比呂美に見合い話が持ち込まれて… という古典的な展開予想してました
https://w.atwiki.jp/true_tears/pages/447.html
▲ファーストキス-9 ――第十幕『邪魔されたくないときもある』―― 乃絵の電話から、一週間になろうとしていた――。 眞一郎たちにとっては、様々な感情が凝縮されたような一週間だった。 乃絵の天性の勘の鋭さが、事のきっかけとなり、またしても周囲に様々な波紋を広げて いった。 眞一郎は、父の将来の選択のことを知り、否応なく、作家としての挑戦を強いられるこ とになった。 比呂美は、思春期に受けた心の傷を浮き彫りにされ、眞一郎との関係の中で、心の成長 を求められるている。 愛子は、衝動的に犯してしまった眞一郎とのキスのことを暴露せざるを得なくなり、自 分を真剣に想ってくれる三代吉に対して、誠意を尽くさなければならなくなった。 そして、一見、達観したような立場にいた乃絵自身も、彼らとの人間関係を見つめ直さ せられることになった。 またしても、様々な感情がぶつかり合い、それぞれが気持ちを吐き出したことで、事態 は収拾に向かいつつあったが、こんどは、眞一郎の壁絵の制作を中心に、彼らの思いが渦 巻くことになるのだった。 ★六月二十二日(日曜)晴れ―― 眞一郎が、時計に目をやると、午後二時を過ぎていた。 三時に学校で西村先生と落ち合い、商店街の壁絵の現場を見に行くことになっている。 昨日のうちに、眞一郎は、壁絵のためのラフスケッチを描き上げていた。パステル(乾 燥した顔料を固めたチョークのような画材)で色までしっかりつけていた。 眞一郎に迷いはなかった。今の自分の気持ちを正直に『絵』にぶつけようと思った。 しかし、初めて描く大きな絵。今まで感じたことのないプレッシャーを感じていた。 眞一郎が今、向き合うべき課題は、眞一郎がひとりで取り組まなければならない。それ は、父・ヒロシの虎の絵が、ヒロシひとりによって描かれたことに対する挑戦であり、眞 一郎が作家として、もっと上を目指すための試練でもあった。 当然、完成させられるだろうか、という底知れない不安が襲ってきた。 それでも、「誰のために、何をするのか」ということがはっきりしていれば、おのずと 結果は満足のいくものに近づくはずだ、と眞一郎は自分を奮い立たせた。 ……誰のために、 何をするのか…… 今の眞一郎には、比呂美のことしか頭にない。比呂美の心の傷を、少しでも癒してあげ ることしか……。 ……比呂美のために、描く。 それしかないのだ。 しかし、このことを眞一郎から遠ざけられていた比呂美は、表面的には理解しているつ もりでいても、心の奥では、気持ちがささくれ立っていた。作家を目指す眞一郎のそばに いて力になってあげることと、黙って見守ってあげることの意味を、まだ整理できないで いた。 眞一郎が外出することを伝えに理恵子のいる台所にいくと、比呂美と理恵子は、仲良く プリンを作っていた。 「母さん、ちょっと学校、いってくるよ」 「そう、いってらっしゃい」 理恵子は、特に気に留める様子もなく返したが、比呂美は、違った。 案の定、眞一郎が勝手口で靴を履いていると、比呂美が駆け寄ってきた。 「眞一郎くん。わたしも一緒にいっていい?」 「えぇ? 帰り、いつになるか分からないよ。学校にずっといるわけじゃないし」 「それだったら、わたし、適当に帰るから。いいでしょ? 学校まで……」 比呂美は、すぐには食い下がらなかった。 眞一郎と比呂美は、同じ家に暮らしているとはいえ、お互いクラブ活動をしているので、 登下校を一緒にすることは滅多になかった。お互いがしっかりと約束しないと、それはな かなか叶わないのだ。 ここ一週間ずっと寂しい思いをしてきた比呂美にとっては、外でふたりで過ごす絶好の チャンスだった。しかし、眞一郎の頭の中は、もう、それどころではなかった。大きな絵 を描くというだけで、びびってしまいそうになるのに、父の絵に対抗するというプレッシ ャーが加わり、眞一郎の緊張の度合いは振り切る寸前だった。 「いや……、一人で考えたいんだ……ごめん……」 「ぇ……。……そ、そう……」 比呂美にも、眞一郎の緊張状態が伝わっていた。 これ以上眞一郎に絡むと、眞一郎が困ってしまうと思った比呂美は、冗談めいて、 「じゃあ、この埋め合わせは、いつしてくれる?」 と別の日に約束を取り付けようとしたが、今の眞一郎には空振ってしまう。 「埋め合わせ?」 約束をすっぽかしたわけでもないのにどうして、と返す眞一郎。 「うん。だって……」 比呂美がつづきをいおうとすると、眞一郎は、「何もしないよ……」と遮り、 「邪魔されたくないときだってある」 と迂闊にも口を滑らせてしまった。 「邪魔って……わたし……」 比呂美の顔から一瞬にして笑顔が消え、比呂美は自室へ駆け出した。 眞一郎も、慌てて靴を脱ぎ、比呂美を追いかけた。 「比呂美! ごめん、いい過ぎた。ごめん!」 部屋に飛び込んだ比呂美に、眞一郎はドア越しに声をかけたが、返事が返ってこない。 軽くノックもしてみた。 「今日は、ちょっと大事な打ち合わせがあって、頭がテンパってて……その……」 「ずっと一緒にいたいって、いってないじゃない! 学校までって!」 ようやく返ってきた比呂美の言葉がこれだ。眞一郎は、頭を電柱にぶつけたくなるよう な気分になる。 「だから、ごめんって」 と眞一郎が頼み込むように謝っても、今の比呂美にはとても受け付けられない。 「わたしだって、分かってるよ。眞一郎が何かに、大きなことに、取り組もうとしている のを……。わたしだって、ずっと我慢しているのに。だから、ちょっとの時間でも一緒に いたいなーって」 「ごめん。すまない。ちょっと入るぞ」 眞一郎が、ノブに手をかけようとすると、 「いやぁーッ!」 と比呂美の叫び声が、ドアを突き破ってきた。 「ちょっと、あなたたち、なに夫婦喧嘩みたいなことやっているの」 いつのまにか理恵子が、そばまで来ていた。 眞一郎は、一度理恵子に目をやったが、すぐドアと向かい合う。 「おれ、もう時間がないからいくけど、帰ったらちゃんと話そう」 「いっつもはぐらかしてばっかり」 「まだ言えないことだって、説明したろ?」 「もう、聞きたくない!」 「おまえ、いい加減にしろよな!」 と眞一郎の語気が荒くなると、理恵子が、心配そうに割って入った。 「眞ちゃん、落ち着きなさい」 「帰ったらちゃんと話そう、いいな?」 返事がない。 眞一郎は、大きく肩を上下させて息を吐くと、勝手口へ歩きだした。 理恵子は、眞一郎を引きとめようとしたが、思いとどまり、比呂美の部屋のドアを見つ めると、顔をしかめた。 …………。 三十分後、比呂美の携帯電話にメールが届いた。 『来週 埋め合わせする いやでも付き合って もらうぞ 眞一郎』 『わたしの気持ちを 無視しないで 比呂美』 『わかった 正々堂々と申し込むよ それなら文句ないよな 眞一郎』 『? 比呂美』 そのあとの眞一郎からの返信はなかった。 「どうした? おまえ……」 西村先生は、眉毛を八の字にして眞一郎の顔を覗き込んだ。 「湯浅のやつ、立看のこと、まだ怒ってるのか?」 「いえ……その話は止めましょう……」 「ほら、落ち込んでる暇はないぞ」 と西村先生は、眞一郎の尻を叩き喝を入れた。 学校を出た西村先生と眞一郎は、車で駅前の商店街へ向かった。 関係者専用の駐車スペースに車を置き、歩くこと数分、壁絵の制作現場に着いた。 この駅前商店街は、駅ビルから内陸方面へほぼ南北に延びている。 全長が約五百メートルあり、主路はすべて屋根が付いているという典型的なアーケード 街だった。さらに、ところどころで複雑に枝分かれしていて、お店が鈴なり状態でひしめ き合っていた。 眞一郎のたちの住んでる地域は、昔から漁業の盛んなところで、漁港前の魚市場からこ の駅周辺までは、いつも活気に満ち溢れていた。おまけに、この駅を中心に、愛子の通う 商業高校と眞一郎たちの通う麦端高校、そして蛍川高校と三校もの高校が集中していて、 この駅前商店街は、若者からお年寄りまで偏りなく集う文化のメッカだった。だから、日 曜の午後はいつも、人の波が祭りのときのようにごった返した。 眞一郎の壁絵の現場は、主路のちょうど中間地点にある。 そこは、テニスコートくらいの広さの円形の開けた場所になっていて、ちょうど中心に、 西欧調の噴水が作られていた。その円形広場の外周は、コンクリートのブロックの壁にな っていて、そこに眞一郎たちが絵を描くというのだ。そうして、ここに、老若男女がくつ ろげる憩いの空間に作ろうということだった。 壁の手前には、建物の外壁工事をするときに組まれる鉄製のパイプのやぐらが作られ、 さらに青いビニールシートがきっちりと張りめぐらされていた。完全に作業風景が人目に 触れないようになっている。 壁絵のスペースは、全部で八面あり、眞一郎の描く場所は、駅側の一番端だった。他の 面では、すでに大学生らしき人達が集まっているところもあって、制作が進められていた。 西村先生と眞一郎は、ビニールシートをくぐって、自分たちのブロックの面のそばまで 近づいた。面の中央には、『西村様』と書かれた紙がガムテープで貼られていて、西村先 生は、封を切るようにべりっとそれを剥がした。 「ここだ」 「はい……」 「今は、広く感じるだろうが、その内小さく感じるだろうよ」 「そういうもんですかね」 「そういうもんさ。ここにおまえが色をひとつひとつ重ねるごとに、おまえは大きくなっ ていくんだ」 あからさまに緊張している眞一郎に自信を持たせるため、西村先生は断言するようにい ったが、その緊張は言葉ではどうにもならないことを西村先生は知っていた。 「じゃ~説明するぞ」 「はい」 「期間は、七月月六日の日曜までだ。翌日の七夕、夜七時に解禁となる。だから、ま~制 作に使える時間は、十日ぐらいと考えていたほうがいい。絵の具は、水性の速乾性のペン キだけだ。おまえがいつも使い慣れているやつだから問題ないだろう。電源も近くまで引 いてきてもらっているから、夜の作業もできるし、エアブラシ用(※)のコンプレッサ (空気圧縮機)も回せる。あした、部室のコンプレッサを持っていけ」 (※液状の絵の具を空気を送って霧状に吹き飛ばす道具。塗料スプレー缶と同じ仕組み) 「はい」 「それと、作業は、おまえは学生なので、夜の十時までにしておけ。家の人にちゃんとい っておけよ」 「はい」 「それで、おまえ、なに描くか決めたのか?」 「はい」 眞一郎は、鞄からスケッチブックを取り出し、西村先生に見せた。西村先生は、にやっ と笑った。 「こりゃ、ちょっとした観光スポットになるかもな」 といいながら、眞一郎の頭を小突いた。 その後、商店街の組織委員の人に挨拶を済ませると、眞一郎たちは学校に戻り、眞一郎 の絵をよりよく映えさせるための作戦を練った。 そのころ仲上家では――。 理恵子は、ふてくされた比呂美の扱いに困っていた。 夕飯の支度のために比呂美を部屋まで呼びにいくと、比呂美はすぐに顔を出したものの、 ひどい顔をしていた。泣き腫らした顔ではなかったが、眞一郎に対する憤りと、眞一郎に 駄々をこねて困らせてしまった自分に対する自己嫌悪と長いあいだ戦い、それに疲れきっ た様子だった。 単純に他の女の子に嫉妬してイライラしてくれた方がまだましだ、と理恵子は思った。 理恵子は、当然のことながら、比呂美をずっと注意深く観察していた。 比呂美は、普段、ヒロシや理恵子の前では、いじめたくなるくらい真面目な子だった。 比呂美の境遇を考えると、致し方ないと理恵子は思ったが、それが、眞一郎のこととなる と、少し人が変わったようになり、言動が子供っぽくなるところが気になっていた。 比呂美のそういう態度は、眞一郎と付き合いだすまでは、まったく見られなかったのに、 交際がはじまり、日を追うごとにエスカレートしているように理恵子には映っていた。理 恵子は、口を出すべきか、眞一郎に任せておくべきか、少し迷っていたが、昼間の眞一郎 とのやり取りを見て、もう放っておくわけにはいけないと思ったのだった。 …………。 今日の夕食の献立は、トンカツ、こふきいも、冷奴に汁物。 理恵子は、トンカツにする豚肉の準備を、比呂美は、キャベツを千切りしていた。 理恵子は、比呂美の作業が終わったところで、話を切りだした。 「比呂美……あなた……」 「……ひどいです」 理恵子が昼間のやり取りのことを切りだしてくると察知していた比呂美は、一言で片付 けようとしたが、喉が渇ききっていたので、まともな声にならなかった。 「え?」 比呂美は、大きく唾を飲み込むと、 「……ひどいです」 と低い声でいい直した。 比呂美の言葉が、予想を遥かに越えて最悪だったので、理恵子は、作業の手を止めた。 「眞一郎のことをいってるの?」 「邪魔だなんて……」 比呂美の口調は、変わらない。 「あなたのことを邪魔者扱いしたわけではないでしょう?」 理恵子は、比呂美に、そんなに思いつめるほどのことでもないでしょう、という感じで 優しく諭そうとしたが、 「同じことです、わたしにとって……」 と比呂美の態度は、変化の兆しを見せない。 「そりゃ、眞ちゃんも、ものの言い方ってものがあるけど……」 こんど、理恵子は、比呂美の味方をする感じで、眞一郎を軽く非難してみたが、 「…………」 比呂美は、その言葉に乗ってこなかった。 比呂美とのやり取りにうんざりしかけた理恵子は、大きくため息をつくと、 「でもね、許してあげてね」 と比呂美の癇に障る言葉を敢えて口にした。 「えぇ!?」 その言葉をストレートにいわれた比呂美は、信じられないという感じに目を見開いて理 恵子を見た。 「おばさんは、わたしの……」 「わたしのなに? 味方をするとでも? バカいうんじゃありません。こんなことぐらい で……」 「…………」 理恵子に軽く叱責された比呂美は、前を向いて俯き、まな板を睨んだ。 「どちらの味方もしないわ」 と理恵子は、決して比呂美に対するフォローではなく、そう付け加えた。 「……でも、わたしを放っていくなんて……」 比呂美が、なにかを噛み殺すようにそう呟くと、理恵子は、比呂美のお尻を思いっきり 引っ叩いた。比呂美は、反射的に「あっ!」と声を漏らし、軽く飛び上がる。 それから、理恵子の攻撃は、トップギア(本格的)に入った。 「こんな体してても、中身はお子様」 優しさの欠片もない理恵子の声に、台所の空気は、一気に冷えきった。比呂美の頭の中 に、理恵子との冷戦状態のことが甦ってくる。 「わたしは、どうせ」 とそっぽを向く比呂美。 「男ってねぇ、女を放っていく生き物なのよ。そのくらい分かってると思っていたけど」 「わたし、まだ子供ですから」 自分の未熟さを認め、理恵子の言葉を弾き飛ばす比呂美。 「あら、そう、じゃあ、子供のあなたに教えてあげる。男はね、自分の女が待ってるって 信じているから、放っていくの。信じてなかったら、放っていかないわよ」 理恵子は、比呂美に対して嘲笑うようにいったが、その言葉には、比呂美の嫌いな言葉 である「信じる」という単語が含まれていた。 「信じる? 信じるって言葉、嫌いです。わたしを二度も裏切ってる……裏を返せば、裏 切る余地があるってことですから……」 比呂美のこの言葉は、比呂美の両親のことを指している。そう理解した理恵子は、一瞬、 自分の発言のいき過ぎを少し悔やんだが、構わず攻撃をつづけた。少し抑えることにした が……。 理恵子は、軽くふふっと笑うと、 「こんな言葉でゴマカされないくらいは、大人なのね。じゃあ、はっきり言ってあげる わ」 と、攻撃も最終段階に突入したことを比呂美に宣言した。 「…………」 「あなた……今、眞一郎の瞳になにが映っているのか、考えたことあるかしら?」 「え?」 比呂美の背筋に電流が走る。 「眞一郎の目の訴えに、あなたは気づいてあげているかしら?」 「目の訴え……」 比呂美の顔が持ち上がり、目が見開かれる。 「もし、そうじゃなかったら……あなた、カノジョ、失格よ」 「!」 ……あなた、カノジョ、失格よ…… 眞一郎と比呂美の関係に対して初めて否定的なことをいった理恵子のこの言葉に、比呂 美の全身は、寒気に覆われた。 完全に固まってしまった比呂美。理恵子は、このあと、優しい口調で話した。 「今のままだと、長続きしないわよ。大人になって、いざ決断というときに、眞一郎は、 あの『乃絵』みたいな子を選ぶでしょうね」 比呂美の耳に『乃絵』という音が飛び込むと、比呂美の体はびくっと大きく震えた。 「あの、乃絵って子は、眞一郎の見ているものを一緒に見たいと思っている。恋愛感情は 別として……」 「…………」 比呂美の顔の筋肉の硬直が解かれ、ある方向へと移行していく。 「真正面で向き合っていては、お互いの顔は見えるけど、見ている景色は違うわ。時には、 横に並んで同じ方向を見ることも必要よ。たとえ相手の顔が見えなくても……言葉を交わ さなくても……」 「…………」 比呂美の肩が震えだす。 「意味、分かるでしょ?」 「……はい」 理恵子は、比呂美が返事したことに内心ほっとした。自分のいっていることが、とりあ えず比呂美の心に届いているようだと……。 「今のあなたは、どうなの?」 比呂美の目から涙がこぼれだす。 「泣いても優しくしないわよ」 理恵子は苦笑して、そういった。 「別に……いいです」 比呂美の声は、完全にかすれている。比呂美は、ずっーと鼻水をすすり上げると、手の 甲で涙をぬぐった。理恵子はエプロンのポケットからハンカチを取り出す。 「乃絵って子が感じた失恋の痛みを、今度は、あなたが味わうことになるわよ。一生消え ない、痛みを」 「…………」 「ここはいいから、頭、冷やしてきなさい」 比呂美は、ハンカチを差し出している理恵子の手を押し戻すと、ごめんなさいと小さく 呟いて、とぼとぼと廊下へ歩き出した。 ちょうどそのとき、居間からヒロシがやってきて、比呂美の異変にすぐ気づいた。 「どうした?」 理恵子は、肩を大きく上下させ息を吐くと、 「愛のムチですよ。愛の……」 と、優しさと苛立ちの入り交じったような複雑な顔をして答えた。 「おまえのは痛そうだな~」 と、ヒロシは、のん気に自分の顎ひげをいじりながらぼそっといった。 そのあと、理恵子は、比呂美が落ち着いたころに部屋へ訪れ、自分の方から眞一郎に謝 るようにと助言するのだった。 眞一郎が家へ帰り着いたとき、時計は夜九時を回っていた。 眞一郎が、勝手口の扉を開けるとすぐに比呂美が駆け寄ってきた。 「お、おかえり」 比呂美は、まだどこかぎこちない笑顔をしていたが、眞一郎は、ほっと胸を撫で下ろし た。 「ただいま」 「あの、ご飯は?」 「軽く食べたけど、そういえば、腹へったな~。おかず、なに?」 ふたりは、普段通りに言葉を交わせた。 「すぐ、準備するね。トンカツだから」 「いいよ、自分でするよ」 「まだ油で揚げてないの。揚げたての方がいいでしょ?」 得意げに話す比呂美。 「母さんは?」 眞一郎の問いかけに、比呂美はすぐ返さず、しばらく沈黙がつづいた。 その沈黙に、眞一郎は、靴を脱ぐため屈めた体を元に戻した。 「ちゃんと仲直りしなさいって……」 比呂美がそういったあと、ふたりは同時に話しだそうとしたが、眞一郎の方が構わずつ づけた。 「あっ、その、比呂美、ごめん。出かけるときは……いい過ぎた。ごめん。でも、おまえ のこと邪魔に思ってるわけじゃないよ。むしろ逆だ。なんていえばいいのかな~、比呂美 が悲しい顔していると思うと集中できないというか……」 「ほらね。だから、学校まででも一緒にいくべきだったでしょう?」 いう通りにしないからこうなるのよ、と母親が子供を諭すような口調で比呂美はいった。 「そうだな。こんどそうする」 眞一郎は、比呂美のいい方がぎこちなかったので、ふきだしそうになったが、素直に比 呂美の言うことに頷いた。 「さ、上がって、手洗って」 「お袋みたいなこというなよ」 自分を子供扱いする比呂美に、眞一郎は、ぶつくさというと、 「今は、わたし、おばさんの代わりよ」 と比呂美は食い下がらなかった。 比呂美は、眞一郎が板張りに上がると、台所へ歩きだす。その姿を見つめる眞一郎。 「比呂美は、比呂美だよ」 眞一郎はそう呟くと、小走りに比呂美を追いかけ、比呂美を背中から抱きしめた。 「あっ、やだ……」 比呂美は、背中から回ってきた眞一郎の腕をつかみ、すぐ解こうとするが解けず観念す ると、 「最近、眞一郎くん、大胆すぎない?」 と、少しむくれて、眞一郎に体を預けた。 (しばらく、抱きしめてやれないからな) 眞一郎は、心の中でそう呟いたつもりだったが、比呂美は、 「え? なんていったの?」 と訊き返してきた。 「早く食べたいっていったんだよ」 眞一郎は、トンカツが食べたい、という意味でその言葉をいったのだが、比呂美は、そ の言葉を別の意味で捉えて、びくっと体を震わせた。 「そ、それって、どういう意味?」 と比呂美は、眞一郎におそるおそる尋ねた。 「ぁ……」 眞一郎は、急変した比呂美の態度に、自分がとんでもないことを言ったことにすぐ気が ついた。 「ねぇ、それって、どういう意味?」 比呂美は語気を強め、答えを求める。 「…………」 男の子が女の子を背中から抱きしめ、「早く食べたい」と彼女の耳元でいえば、その女 の子が、『あんなことやそんなこと』を想像するのは必至。 眞一郎は、比呂美から離れると、無言のままずんずんと台所へ歩き出した。股間を気に しながら。 「ねぇってば~」 比呂美は、子猫がじゃれるように眞一郎についていった。 その夜、仲上家のみんなが寝静まったころ、眞一郎は手紙を書いていた。 机の上には、便箋が一枚取り出されている。眞一郎が夕方に文具店で買ってきたものだ。 真っ白の便箋にどの筆記具で文を綴ろうか、眞一郎は悩んだ。その末、一番気持ちのこ もった字が書けると思った2Bの鉛筆を選んだ。 文字を、ひと文字ひと文字丁寧に書いていくと、比呂美と出会ってから今までの記憶が 呼び起こってきた。途中で、涙が出そうになったが、必死に堪えて書いた。 ……生まれて初めて好きになった女の子に、 初めて手紙を書いているんだぜ…… 眞一郎は、自分と比呂美の間で失われている大切なものを、しっかりと引き寄せようと していた。 ▼ファーストキス-11